その4
いつもと変わらないはずの週末の朝食の席。
国雄、母、兄、そして私の4人が集まる席で、国雄は珍しく上機嫌だった。
「佐和子。実はな。お前にプレゼントがあるんだ。」
皆が国雄の言葉に我が耳を疑った。
父が母にプレゼント?奴隷か家来か家政婦か程度にしか思っていないはずの母にプレゼントなどありえない。
「同僚にな、熱海の宿泊券をもらったんだ。まあ2枚だけなんだがな。」
父が母を旅行に誘うなんてますます耳を疑いたくなる。当の本人である母もどういう顔をして良いのか分からず、
只、顔を引きつらせるばかりだ。
「どうだ?佐和子。正雄を連れて2人で骨休めでもして来い。」
今度は私が顔を引きつらせる番だった。
母と兄で旅行に行って来い?私は?考えるまでもない。私は国雄しかいないこの家に残される。
でもなぜ?なぜ母と兄に旅行をプレゼントする?国雄の真意を私はまだ計り兼ねていた。
「佐和子はいつも家事をがんばってくれてるからな。荷物なんかは全部正雄に持たせてお姫様気分で旅行して来い。
正雄、お前も高柳家の男なんだ。道中はしっかり頼むぞ。」
「あっ、ありがとうございます。それで、それはいつの事でしょうか。」
母が恐る恐る聞く。
「今日だ。」
「はい?」
「だから今日だと言っている。土日の2日間ゆっくりして来い。」
「わ、分かりました。ありがとうございます。」
「うむ。そうと決まればすぐ準備をして出発しなさい。」
その国雄の言葉を合図に母と兄は跳ね上がるように立ち上がると、まるで夜逃げのような勢いで準備を始めた。
母と兄がチラチラと私を盗み見ている。それで、わたしもようやく全てを理解した。
私はまた犠牲にされるのだ。生贄にされる。母と兄はこの後私がどういう目にあるのか想像して哀れんでいるのだ。
また、この2人は私を犠牲にして、助けようとはしてくれない。
早く逃げようとそそくさと、身支度をするその姿はもはや、母でもなければ、兄でもない。私の目の前には絶望が広がっていた。
「それでは、国雄さん。2日間お休みを頂きます。」
玄関でボストンバックを抱え深々と国雄に頭を下げると母と兄は私の方を一度も見る事無く、声を掛ける事もなく、足早に出て行った。
私はどうなるのだろう。私に出来る事は一つだけ。いつも以上に細心の注意を払い、父を怒らせない事。つけ入る隙を与えない事。それだけだ。
「愛理。私達もたまには出かけるとしようか。父と娘でデートというのもたまには良いだろう。
すぐ出かけるから支度をしなさい。」
「は、はい。でも、あの。どこへ?」
「それはこれからお父さんが考える。そうだ。愛理、今日は出来るだけ大人っぽい恰好をしなさい。
メークもお母さんのを使って構わないから。」
「えっ?あの。。」
「なんだ?何か文句でもあるのか?」
「いえ。すぐに支度をします。」
私は着替え、母の化粧品を借り、メークをし、母のアイロンを借り、髪に緩やかなウェーブを施した。
「あの。。準備出来ました。」
国雄は私を舐めるように見ると下卑た笑みを浮かべた。
「よし。行くぞ。」
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