その23
いつも友達に囲まれている高柳に声を掛けるのは私にはとても難しい事だった。
教師として堂々とすればいいのだが、私にはそれが出来ない。
だが、昨日に続き、今日も声を掛ける事ができずに終わるかと思われた放課後、
チャンスが訪れた。
私が職員室を出てて廊下を歩いていると、向かいから高柳が一人で廊下を歩いて来たのだ。
声を掛けるなら今しかない。だが、なんて声を掛ければいい?
急な事で頭が回らない。ダメだ。勇気が出ない。今回はやり過ごすか。
高柳との距離は徐々につまり10mもない。
「あっ。住田先生だ。」
声を掛けてきたのは高柳の方だった。
私に優しい笑顔を向けてくれる。他の生徒は私とすれ違っても挨拶もろくにしない。
私もそれを咎めたりしない。
私はバカにされたり笑われたり嫌われたりするくらいなら空気になる事を選ぶ。
だから生徒に嫌われるような事はしない。
そして気づくとと私に挨拶をする生徒はいなくなった。
「あっ。ああ。高柳は今帰りか?」
「うん。ちょっと数学の課題の提出が遅れちゃって、職員室寄ってから帰るトコ。」
成績も学校トップの高柳が課題の提出が遅れるなどという事はそれだけで事件だった。
家ではろくに机に向かう時間も与えられず虐待を受けているのだろうか。
「た、高柳大丈夫か?」
私の声は少しうわずっていた。
「えっ?何が?」
高柳は目を大きく見開いて驚いた。
「い、いや。。最近高柳が元気がないように見えるから。。」
高柳は私の言葉に驚き、その大きな瞳で私を見つめていた。
「あっ。。いや。。私の気のせいならそれで良いんだ。ちょっと心配だっただけだから。。」
高柳は一瞬。ほんの一瞬悲しげな表情をして、それをすぐに笑顔で包み隠した。
「何それ?全然大丈夫だよ?」
高柳はいつもと変わらない優しい笑顔で応えた。
「そ、そうか。。それじゃあ、気を付けて帰れよ。」
ダメだ。結局核心に迫る会話を引き出す事は出来なかった。
私は自分の無能さに失望し歩き出した。
すると、後ろから高柳が小さな、とても小さな声で私の背中に話し掛けた。
「先生?私、上手く笑えてない?・・・」
振り向くと高柳はうつむいていた。私は踵を返し、高柳に近づいた。
「上手く笑えてるさ。みんなは騙せてるじゃないか。上出来だよ。」
高柳は私の言葉に驚き、顔を上げた。その表情は、その目は「助けて」と訴えかけていた。
「先生には私が笑っているようには見えないんだね。。」
高柳はぎこちない作り笑いを浮かべた。
「わ、私は超能力者だから。。。」
高柳は「プッ!」と笑った。
「何それ!チョーつまんない!」
「は、はははは。。。冗談とか苦手で。。つまんなかったよな。。」
「ううん。でもありがと。ちょっと元気出た。」
「相談に乗ろうか?」
高柳はぶんぶんと首を横に振った。
「まだ。。まだ大丈夫。。ホントにヤバくなったら先生に相談するね。」
「そ、そうか。。ムリはするなよ。。」
「うん。ありがと。。それじゃ、もう行くね。早く帰らないと怒られちゃうから。」
高柳はバイバイ。と手を振り歩き出した。今度は私が高柳の背中に声を掛けた。
「た、高柳!今一番欲しいモノはなんだい?」
我ながら意味不明な問いかけだった。聞かれた高柳も目をぱちくりしている。
「何その質問?何か買ってくれるの?」
そして高柳は少し考えてから弱弱しい笑顔で応えた。
「ルフィーかな。」
「ルフィー?」
「そ。ルフィー。それかゾロ。孫悟空。スパイダーマン。アベンジャーズ。ターミネーター。
スーパーマン。ロボコップ。」
「ヒーロー?」
「そ。どんな悪魔にも負けない強いヒーローが欲しい。
なんちゃって。先生ゴメン。ホントに時間ないから、もう行くね。先生じゃあね!」
「ああ。。気を付けてな。」
私は走り出した高柳の背中を見えなくなるまで見つめていた。
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