(そうだった…今日から貴之さんは一週間の出張なんだった…」
学校で久し振りに竹刀を握り、満ち足りた気分で帰宅した優理子は少しだけ落胆した。
夫の貴之とは結婚して2年になる。
剣道とも教師とも全く無縁の人である。
彼女より2つ年下で、剣道で鍛えた優理子に比べれば優男の部類に入るが、そんな夫を頼りない
と思ったことは一度もない。
優理子は夫の思慮深く、思いやりのあるところが大好きだったし、夫を心の底から愛している。
男性の剣道家さえも恐れさせた白ユリ剣士は、夫には全幅の信頼を寄せる献身的な妻だった。
(それにしても小谷先生のお加減はどうかしら…)
一人なのでシャワーを浴びながら優理子は思った。
同僚の話では彼女が学期中に休むのは初めてのことらしい。
(あの教育熱心な小谷先生が電話連絡で休むなんて、よほど重病なのかしら?
彼女に電話番号やメルアドを聞いておけば良かった…)
一方、小谷先生の教え子である深沢恵理子とは昨日、相撲部の稽古場から救い出した時に
強引にメルアド交換していた。
優理子は彼女の話を聞こうと思ったが、生憎B組の授業がなかったし、数回教室を覗いてみたが、
彼女に会うことは叶わなかったので、昼休みにメールした。
『八木です。深沢さんが何かに困っているのなら、何でも相談してください。
先生は深沢さんの味方ですから、いつでも返事をしてください。
夫がしばらく出張でいないので、夜遅い時間になっても構いません。
深沢さんが先生を信じてくれることを祈っています。』
シャワーを終えても、恵理子からの返事は無かった。
その代わりに夫からのメールが届いていた。
優しさと愛情に満ちたおやすみメールである。
(貴之さんったら…)
その時ばかりは優理子は沈んだ気持ちも忘れ、夫にラブラブのメールを返した。
※元投稿はこちら >>