その14
私の頭の中は完全に安藤龍平という男に支配されていた。
彼を一目見た時、前にどこかで会った事があるような気がした。恩師に再会したような、憧れの先輩に再会したような
錯覚に陥り、心が躍った。彼を見つめていたら、ふいに目が合ってしまった。
私は心の中を覗かれまいと顔を背けたが、恥ずかしくなり赤面してしまった。彼は気づいていただろうか。。。
「恵美ちゃん、恵美ちゃん」
私は隣りに座っている野川さんの声で我に返った。
「恵美ちゃん、どうしたの?ぼけーっとしちゃって。飲みすぎちゃった?」
「いえ。大丈夫です。ごめんなさい。何のお話しでしたっけ?」
「やだなー。この後もう一軒行こうって話しだよ。ねえ良いでしょ?もう一軒だけ付き合ってよ!」
肝心の安藤さんはさっき仕事が早いとかで先に帰ってしまった。友人の麻美もその後すぐに帰ってしまったし、ユキと啓太君は終始いちゃついているし、この後は二人でどこかに行くのだろう。
野川さんが私を気に入ってくれてる事は何となく感じていたが、今は野川さんと二人で飲みに行く気には到底なれない。
私の頭の中は短い時間に安藤さんとの間に起った出来事を何度もリピートする事に脳の全ての細胞が使われていた。
私は安藤さんとお話しがしてみたくて意図的に安藤さんの横に座った。それなのに彼は私を全く無視し、逆隣りの麻美とばかり話していた。麻美のような女の子がタイプなのだろうか?最初はそう思ってガッカリした。
確かに麻美は自慢の友人だった。背は170cm近くあって、脚はモデルさんのようにキレイで、オシャレであか抜けていて、明るくて、同性にも異性にも好かれる人気者だった。
それでも私も少しは自分に自信もあった。子供の頃から可愛い可愛いと言われ続けて育った。中学生になるとファンクラブまでできたし、高校に入ると入学して一週間でサッカー部のキャプテンに告白された。
でも安藤さんには無視されてしまった。麻美に取られてしまった。そう思っていたのに、安藤さんは急に私にちょっかいを出してきた。安藤さんの足が何度か私の脚に当たり、しばらくは偶然かと思っていた。
でも違った。野川さんがトイレに立つと安藤さんは私に初めて話しかけてくれた。「なぜ、イヤだと言わない?」
私は思わず「イヤじゃないから。」と答えそうになってそれを呑み込んだ。
どう答えて良いか分からず、黙ってうつむいていると、今度は内股に手を差し入れられた。初対面の男にこんな事をされているのだ。手を払い除けなければいけない。完全なセクハラだ。怒らなくてはいけない。
頭で思っている事が行動できない。神経が麻痺しているようだった。安藤さんは私のパンストを破ると麻美にトイレに行くと告げて出て行ってしまった。
私はしばらく呆然としていた。頭の整理が必要だった。私は今何をされたのだ?ナゼ安藤さんは私を?私はどうすれば良い?どうしたいの?頭は混乱を続けていた。
「恵美ちゃん寒いの?」
トイレから戻ってきた野川さんに声をかけられて我に返った。
「えっ?」
「いや。上着膝の上に掛けてるから寒いのかなって。部屋の温度上げてもらう?」
「あっ。違うんです。何か、ストッキングが伝線しちゃったみたいで恥ずかしいから隠してるんです。」
「そうなんだ?」
野川さんがその上着をどけて見せてみろと言わんばかりに無遠慮に私の脚を舐め回すような視線を送ってくる。私は居たたまれず、コンビニでストッキングを買ってくると言い、席を立った。
あの時私はナゼ真っ直ぐコンビニに向かわなかったのだろう。
なぜ、彼がいるトイレに自ら行ってしまったのか。それを私自身期待していたのだろうか。
期待していたとするなら、安藤さんは私の期待通りの事をしてくれたという事になってしまう。
トイレであんな事をするのは生まれて初めてだった。というかそもそも私はあまり男性経験がない。
高校時代もサッカー部のキャプテンの告白を断った事が全校に広まり、相川恵美をオトせる奴はこの学校にはいない。などと噂され結局高校3年間私には彼氏が出来なかった。
そういえば、高校卒業間近になった冬にはこんな事があった。
バスケット部の松田君に真剣な顔つきで放課後話しがあるから残っていて欲しいと言われた。私は勇敢な男が卒業する前に一か八か難攻不落の相川恵美に告白する気になったのかと思った。
私は松田くんなら悪くないかも。などと思いまんざらでもない気持ちで放課後指定された場所に向かった。
松田くんは私と向かい合うと緊張した面持ちで私に深々と頭を下げてこう言った。
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