その53
「もしもし?お姉ちゃん?やっと出た~。」
優子は怒っている口調ではあるものの、上機嫌である事は手に取るように分かる。電話をかけて来た用件が分かっているからだ。
「ごめんごめん。アルバイト中は携帯触れないの。」
「お姉ちゃん、こんな時間までアルバイトしてたの?もう夜中の12時だよ?」
「うん。今ね、大学の他にもう一つ学校に通ってるの。
それの学費とか色々ね、大変なのよ。」
「そうなんだ?なんか大変そうだけど、お姉ちゃん元気そうだね。なんか声が明るいもん。」
「わかる?お姉ちゃんね、やりたい事が見つかったの。
入りたい会社があってね、その会社に就職するためには、大学の授業より、むしろスクールの授業で得る、技術や知識の方が大事なくらい。だから、がんばらないとなの。」
「ふーん。充実してるんだね。良かった。それでさ、お姉ちゃん、話し変わるんだけどさ。。。」
「いいよ。いつ来るの?」
「えっ?」
「また、あたしのウチに泊まりたいって電話でしょ?」
「さすが、お姉ちゃん話しが早い!明後日から3連休でしょ?だから、原宿とかでお買い物したいの!」
優子は私の影響もあってか、オシャレが大好きで、高校を卒業して、早く東京に出て来たいといつも口ぐせのように言っている。だから連休が出来ると必ず、この手の電話がかかってくるのだ。私も優子が遊びに来るのはイヤではないが、母が心配するであろうと思うと、私も姉として喜んでばかりもいられない。
「お金は大丈夫なの?お母さん心配させちゃダメよ。」
「お金は大丈夫!コンビニで毎日バイトしてるもん!」
優子の無邪気な声を聞くとこっちまでウキウキした気持ちになるから不思議だ。
「分かった。じゃあ、コッチに着いたら電話してね。お姉ちゃん、忙しいからあんまり、優子の事かまってあげられないかもしれないけど。」
「うん!大丈夫だよ。あたし、お買い物は一人でゆっくりしたいタイプだし!」
私は電話を切ると、すぐに別の番号に電話をかけた。
普段は平日の昼間しか電話をしないルールだ。
だけど、彼は今日、事務所で泊り込みで図面を描いている。
今日なら何時でも電話をかけて来ていいよと昼間に電話で言われてからは、もうアルバイトなんて休んでしまいたい気分だった。
やっと、声がきける。昼に話してからまだ10時間とあいていないのに、こんな気持ちになってしまう自分がイヤになるが、衝動を止める事は出来ない。
「もしもし?お疲れ様。うん。あたしは今終わったところ。うん。うん。えっ!いいの?ジャマじゃない?
あたし、一回安藤さんの事務所に行ってみたかったの。嬉しい。。
安藤さん、お腹はすいてない?夜食買って行く?うん。うん。分かった。うん。じゃあ、着いたら電話するね。
うん、じゃあ、後でね。えっ?うん。大丈夫だけど。。。もう!バカ!ふふふっ。じゃあね。おばかさん。笑」
電話を切ると、急いで電車に乗り込む。
気持ちははやるばかりだが、やはり出来る限りタクシーは使いたくはない。
安藤さんに会うのは一週間ぶりだった。
恋い焦がれていた。恥ずかしいほどに全身が彼を欲している。
アルバイトの時も学校にいる時も妹と話している時でさえ、私は気を張ってしまう。
甘える事が出来ない体質は私の3つ子の魂なのだ、簡単に直るものではない。
彼だけだ。彼と一緒にいる時だけは子どものようになれる。
それに気がついた時には、もう私には彼しかいないと確信した。
どんなカタチでも彼の側にいたい。出来れば、ずっと。
目標が出来た私の生活は一変した。私は彼のアシスタントになる。
彼は来年独立し、会社を立ち上げる。
私はその会社に就職して、彼を支えるのだ。
今頑張れば、彼とずっと一緒にいられる人生が手に入る。
それを思えば、何も苦ではない。
彼が電話を切る前に言った言葉を頭の中で反芻して、思わず顔が綻んでしまう私は卑しい女だろうか。
「麻美、朝までいられるのか?いられるなら、夜食の他に精力剤を3~4本買ってきてくれ。」
本当に4本も精力剤を買って行ったら、彼はたっぷり私を抱いてくれるだろうか。
電車の車窓から流れる景色を眺めながら、タクシーを使わなかった事を後悔していた。
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