その51
「もしもし。野川さん、お待たせしました。ご依頼の調査報告書が出来上がりましたので、ご報告をさせて頂きたいのですが、今晩でもいかがでしょう?」
探偵事務所から電話が入ったのは同僚と昼メシを食べている時だった。
「分かりました。それでは、今晩19時に新宿の個室居酒屋を予約しておきますので、そこでおち合いましょう。」
私は電話を切ると大きく一つ深呼吸をした。
「野川、どうしたんだ?電話しながら、ニヤついてたぞ?また、風俗嬢かキャバクラ嬢か?」
同僚達に小馬鹿にされるのはいつもの事だ。
「違うよ。ちょっと楽しみにしていた物が届くんだ。」
「なんだ?アダルトビデオか?そんなもんアマゾンで買うなら風俗行け風俗!」
「だから違うって!」
同僚達はゲラゲラと笑い合っている。いつも私は、からかわれるのが役目だ。気が付けば子供の頃からそうだった。
男が3人以上集まれば、私はそのグループのいじられ役に決まって抜擢されている。そのたびに多少悔しい気持ちにもなるが、今の私は上機嫌だ。こんな奴らに腹を立てるだけ、カロリーの無駄使いというものだ。
夜が待ち遠しかった。
もう30万円も調査費に費やしている。だが、決して高くない買い物になるだろう。
情報は武器になる。安藤を出し抜くためには情報が必要だ。
恵美を自分のモノにするためだ。手段を選ぶ余裕はない。
「おい。野川。お前、ちんこたってんじゃねえか!こんな時間から何考えてやがるんだ?
まったく、今晩届くビデオってのはそんなに良いのかよ。」
恵美の事を考えただけで、私は激しく勃起してしまっていた。スーツが隠し切れないほどに張りを作っている。
「ははは。つい。。見飽きたら、みんなにも貸すよ。。」
午後18時。仕事を終えると足早に新宿の西口のビル8Fにある、完全個室の居酒屋に向かった。
到着すると、探偵の向井がすでに私を待ち構えていた。テーブルには空になったジョッキと枝豆が置いてある。
「野川さん、お疲れ様です。すみません、待ちきれずに先に一杯やってました。」
「いや。構いませんよ。早速ですが、調査はどうですか?」
私は世間話や乾杯などしていられないとばかりに、座敷に膝を着くやいなや、本題を催促した。
探偵は下卑た笑みを浮かべて、A4サイズの茶封筒をテーブルの上に差し出した。
調査報告書
安藤龍平 33歳 インテリアデザイン事務所 xxx設計勤務
妻 智子 35歳 アパレル会社 役職:チーフデザイナー
住所 神奈川県横浜市都築区xxx
相川恵美 21歳 xxx大学在籍
住所 東京都渋谷区笹塚パレスxxx
父 健一 52歳
母 美佳 49歳
兄 健志 27歳
姉 美帆 25歳
本籍 茨城県古河市xxxx
山本麻美 21歳 xxx大学在籍
住所 渋谷区本町xxxx
父 無し
母 敬子 42歳
妹 優子 18歳 新潟県xxx高校3年
本籍 新潟県長岡市xxx
私は報告書の1ページ目を見て、固唾を飲んだ。
報告書はさらに30ページ以上に及んでいる。
それぞれの写真や日々の行動パターンや行きつけの店なども事細かく記してあった。
「その安藤って男、相川恵美って子と、山本麻美って子、二人と不倫してますね。しかも二人ともとびっきりの美人ときてる。
おまけに智子って奥さんも脚が綺麗なべっぴんさんでしたよ。いや~。この男ろくな死に方しませんよ。まあ、こんだけ現世を謳歌出来れば地獄に行っても元が取れますかね~。
まったく、羨ましい限りだ。」
向井はぶつぶつとぼやきながらたばこをふかしている。
「野川さん。これどうするおつもりです?これをネタに安藤を脅すんですか?これだけ不倫の証拠が揃ってれば言い訳も出来ないってもんだ。」
「そうだな。」
探偵の言葉を受け流しながら私はこれをどう使うか思案した。
残念ながら、探偵の言うやり方は出来ない。そんな事をすれば、安藤から反撃を受けるのは目に見えていた。
そうなれば、安藤は離婚に追いこまれ、社会的信用を失うが、私はレイプ犯としてブタ箱に入る事になる。
安藤にバレないように恵美をモノにする。綱渡りの危険な賭けだが、やるしかない。やらなければ、恵美をもう一度抱く事は永遠に叶わない。
「あと、3ページ目見てもらえます?面白いのが、麻美って子なんですけどね、安藤の他に同い年の彼氏がいるんですよ。ほら、写真のこの男です。」
向井の指差す先には、麻美と今時のいかにもチャライ印象の男が2ショットで写っている。
「コイツは?」
「どうやら高校の同級生みたいです。この男も新潟の同じ高校出身ですから。」
「なるほど。」
「野川さん、もしかしてオンナの方を強請るつもりですか?不倫をネタに彼氏や親にバラすって言えば、ある程度言う事聞いてくれそうですもんね。へっへっへ。」
「そうだな。。」
私は向井に言われて、それも面白いかもしれないと思い始めていた。
麻美のようなオンナは私が最も苦手とするタイプだった。いつもグループの中心でもてはやされて、私のような下等人種を見下している。
私は中学、高校の6年間全くと言って良いほど、女子と会話する事すらないまま青春を終えた。
私は全ての女子から見下されていた。
その中心にいるのは、決まって麻美のようなオンナだ。
過去の事は麻美には関係がない事だ。分かっているが、閉じたはずの過去の苦い思い出が麻美の顔と共にフィードバックして来る。
自分勝手な憎悪と性欲を復讐と結びつけるのに時間はかからなかった。
まずは、麻美からだ。そう決めた。
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