差し出された契約書を、何とかしようと私は必死で考えた末、まだ未成年の子供たちがいる身であることを持ち出し、契約書に書かれていること全てには応じられないことを訴えました。いくら私の決定的な弱みを握っている花井さんと言えども、仕事にかこつけ、夜な夜な呼び出したり、何日も連れまわせないだろうと、私は内心、ニンマリしました。思った通り、花井さんは顔をしかめ、何やら考えこんでいる様子でした。花井さんに弱みを握られている以上、もう花井さんのもとで働くことは避けられないですが、契約書に書かれているような、完全に私を私物化されることだけは、何とか避けられる、勤務時間さえ耐えれば、全て私の胸に秘めて家に戻り、谷本くんの帰りを待てばいい…この最悪な状況のなかでも、手に入れたばかりの幸せだけは何とか守れる…私はそれだけで十分でした。しばらく考えこんで黙っていた花井さんが、口を開きました。
「そうだな。オマエの言う通り、子供を放っておくことは、さすがにムリがあるな…」
「は、はい!…ですから、契約書全てをお受けすることはできません。」
「…仕方ないか。子供がちゃんと家にいればな?」
「えっ!」
花井さんのその言葉を聞いた私は、一瞬ビクっとし、声を出しました。
「ど、どういう意味ですか?」
私は思わず、花井さんに聞き返しました。
「子持ちだからって、毎日ちゃんと子供が家にいて、オマエが世話をしてるんなら、仕方ないってことだ。」
「お、おっしゃる意味がわかりませんっ!そんなの、当然じゃないですか!」
「ほぉ…」
さっきまで渋い顔で考え込み、口を閉ざしていた花井さんとは違い、ニヤニヤしながらも、鋭い目つきで、余裕綽々な様子で私を見ていました。そんな花井さんとは逆に、私はおろおろし、言葉につまりながら、必死に答えていました。変な胸騒ぎがしました。
「どうした?何か気分でも悪くなったか?」
動揺し俯く私を尻目に、花井さんは身を乗り出し、私の顔を覗き込みました。
「…お、おかしなこと、おっしゃらないでください…こ、子供たちは毎日、ちゃんと家にいます…」
「本当か?」
「…は、はい…。」
「…そうか。」
そう言うと、花井さんはジャケットの内ポケットから何かを取り出し、テーブルの上にぽん、と投げ置きました。
「これ、何かわかるか?」
花井さんにそう言われ、私は恐る恐るテーブルに目をやりました。頭が真っ白になり、パニックになりました。
「な、なぜっ?なぜここにっ!?」
花井さんはニヤつきながらも、鋭い目つきで私を睨みつけ、私はその迫力と、目の前にある、司の生徒手帳に言葉を失いました。
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