会社では、主に事務や経理として長く働いている私も、長く続く不景気の影響で、会社がかなり厳しいことは以前からはわかっていました。融資先探しに、谷本くんも毎日遅くまであちこち回っているのも知っています。今日も恐らく、その合間をぬって、見舞いに来てくれたのでしょう。
「融資を申し出たのは、うちもよくお世話になってる、…花井さんなんです。」
その名前を聞いた時、私は個人的に、あまりいい感じがしませんでした。花井さんは、かなりやり手の実業家で、会社を立ち上げては、多方面に渡って手広く事業を展開されていて、店舗建設の際は、
うちの社長と旧知の真柄らしく、よく仕事を回してくれます。ただ、傲慢で、強引過ぎるところがあります。受注を受けた仕事で、手続き上これ以上作業を早めることができない時でも、お金に物を言わせて、半ば脅しに近い口調で、何とかするよう社長にすごみ、表沙汰にでもなれば完全に引っかかるような裏のルートを使って、作業を進めたこともしばしばありました。取引先を集めたパーティーに社長と同伴した時は、若いコンパニオンの女の子を集めては、お金をちらつかせ、いやらしいゲームをして、得意気になって喜んでいました。その場には奥様もいましたが、気にする素振りもなく、
平然と奥様の目の前で、若い女の子のお尻を触ったり、キスもしていました。
「花井さんが申し出た融資額は、とりあえず3000万円です。それに、返済期日も、利息も特にない上、融資額の上積みにも応じると言うんです。」
私は、谷本くんの話を聞いて、違和感を感じました。傲慢で、自分の思い通りにならないことは、手段を選ばず社長に危険なことを強要した人が、いくら旧知の仲とはいえ、いつつぶれてもおかしくない経営状態の会社のために、無条件にそんな申し出をするはずがない、と私は思いました。
「花井さん、何か条件はつけなかったの?」
私がそう聞き返すと、谷本くんの表情が
暗くなり、しばらく無言になり、首を横に振りながら、切り出しにくそうに話し出しました。
「…花井さんは、融資する代わりに、…
富美代さんを…自分の会社へ移らせることを要求してきたんです。」
私は驚いて、言葉を失いました。
「なぜ?私よりも優秀で、若い事務員もいるのに…。」
「何でも、新しい事業に、どうしてもベテランの女性の経理担当が必要らしいです。取引してる会社の中から、うちに出入りした時に見た富美代さんが思い浮かんだらしいです。」
「…それで、社長は何て?」
「富美代さんを出すのは、今の経営状態のうちの会社には大きな痛手だから、何とか別の、若い事務員ではダメかとお願いはしたんですが、…そう言った途端に、また社長に、『だから、お前の会社が潰れねぇように、損失覚悟でいくらでも無条件で融資するって言ってるだろうが!従業員全員、路頭に迷わせるようなこたぁしたくないだろ?』とすごんでました。社長は結局、断りきれずに、富美代さんが了承するなら…と渋々応じました。今日、僕が来たのは、…このことを富美代さんに話すためです。」
私には、もう選択の余地はありませんでした。花井さんのことは、生理的に受け付けることはできませんが、私が申し出を断り、もしこの先、他に融資先が見つからなければ、年内をもたずに会社は倒産し、全員職を失ってしまいます。
「…私が花井さんの会社に行けば、みんなが助かるなら…仕方ないわ。花井さんのことだから、そう長くは待ってくれないんでしょ?…わかったわ。」
悪あがきせずに私がそう言うと、いきなり谷本くんが立ち上がり、前屈みで私の肩に両手を置きました。目の前に、涙を溢れさせる谷本くんの顔がありました。
「ど、どうしたのっ?…か、顔、近過ぎるわよ…」
「…本当に、花井さんの会社へ…」
「…私さえ、そうすれば、みんなが助かるんだから…仕方ないわよ。」
「イヤですよっ!そんなこと、言わないでくださいっ!」
「ど、どうしたのよっ?そんなに大きな声出して…。いつものあなたらしくないわよ?」
次の瞬間、 腕を私の背中に回して自分の方へ抱き寄せると、谷本くんは私にキスしました。私は驚いて、目を見開き、
身体が固まって動けなくなりました。頭が混乱しましたが、急に胸がドキドキし始めました。谷本くんは舌を入れてきましたが、あまりの急なことでびっくりしていた私は、引き剥がすように谷本くんの胸を突き飛ばして離れました。
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