会社の同僚の谷本くんからの電話で、私を気遣い優しい言葉をかけられた私は、
男たちの悪意に満ちた罵声や、息子と娘から突きつけられた拒絶で引き裂かれた心に、久しぶりに人として心が満たされるのを感じました。静まり返った一人だけの空間に押し潰されそうになっていた私は、谷本くんからの一本の電話で、長く孤独な時間から開放された気持ちになり、力がわいてきました。私は、いつもの慌ただしい朝のように、散らかった部屋を片づけて、きれいに掃除をしました。そして、外出するわけではないですが、寝室のクローゼットから服を出しては、あれこれ身体に当ててみて、服を選びました。着替え終わると、洗面台の鏡の前で、髪を整え、眉をかいたり、軽く化粧しました。まるで、恋人を家に迎え入れるための準備をする、若い女性のようでした。身支度を終えると、いつぐらいかしら?…もうあと少しかな?…お昼はどうするのかしら?…と、お昼の用意までしながら、慌ただしく動き回っては、谷本くんの到着を待ちきれず、落ち着かない気持ちでいっぱいの私がいました。
ピンポーン…
玄関のインターホンが鳴りました。私は急ぎ足で玄関の鍵を外して扉を開けました。
「富美代さん。お邪魔して大丈夫ですか?」
「谷本くんこそ、仕事、大丈夫なの?ごめんね、心配かけて。中に入って。」
「お邪魔しまぁす。」
谷本くんを家の中に招き入れると、リビングへ向かいました。ダイニングの椅子を引いて、谷本くんを座らせると、私は
キッチンへ行き、たてておいたコーヒーをカップに淹れました。谷本くんはいつも缶のカフェオレを飲んでいるので、砂糖もミルクも多めに入れて、テーブルへ運びました。
「富美代さんの好きな、会社の近くのいつものケーキ屋さんで買ってきましたよ。」
彼も私も、付き合いが長いので、お互いの好みは知っています。私はフォークとお皿を取って、椅子に座りました。
「すっかり元気そうで、安心しました。」
「ありがとうね。みんなに迷惑かけたわね。ごめんなさい。」
「誰も困ってなんかないですよ。大丈夫です。」
「何か、口うるさい私がいない方が、本当はいいんでしょ?」
「そんな意味じゃないですよ。仕事はみんなでカバーしてますって意味です。富美代さんがいないと、いつ怒られるかってプレッシャーがないから、逆に調子が狂っちゃって。」
「それ、やっぱり私がいない方がいいってことでしょ?」
そんな他愛ない、いつも会社で交わしている会話に、私は久しぶりに、人としての自分を取り戻せたことに、喜びを感じていました。
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