最後の最後まで、卑劣な行為で私を苦しめた男たちから解放され、何とか無事に私は家に戻ることができました。ドアの鍵を締め、ドアにもたれかかりながら、私は目をつむりました。悪夢ではないこの数時間の出来事が、断片的にフラッシュバックしました。首を左右に振り目を開けた私は、もたれたドアの冷たさを感じて下を見ると、全身が透けた水着を着ている現実に戻されました。私は慌てて二階へ駆け上がると、寝室に入って部屋着を着て、通りに面した窓から身を隠しながら、下の様子を探りました。
こんな恥ずかしい姿を近所の人たちに見られて、家の前に人だかりができていないか…ゴミ出しをする近所の奥様たちが集まってないか…姿が見えないように気をつけながら、辺りを注意深く確かめました。幸い、家の前にも人は誰もおらず、ひそひそと話す奥様たちの姿もなく、何事もないように、いつもと変わらない様子に、私はほっとし、床にへたり込みました。しばらくそのまま動けずに俯いていると、涙がぽろぽろと溢れてきました。卑劣な男たちへの言いようのない怒りと、司に対しとは懺悔の気持ちと、これからどのように司と向き合っていけばよいのかわからない不安が、複雑に絡み合っていました。
プルルルル…
一階のリビングから、電話の呼び出し音が響いて、私はすすり泣きながら、目をこすり、ぐったりした重い足取りで、階段を降りて受話器を取りました。
「あ、もしもし、山本さん?やっとつながった。体調はどう?」
会社の同僚からの電話でした。悪夢のような出来事から解放されたばかりの私は、すっかり仕事のことを忘れていました。時計を見ると、8時を少し過ぎていました。昨日体調が悪く早退した私が、いつもならもう出社している私がいないことに、心配して電話をかけてきてくれました。
「昨日、何度も携帯と自宅にも電話したり、メールをしても返事がないし、今日もまだ出社していないから…ほとんど休まない山本さんのことだから、よっぽど具合が悪いんでしょう?今週いっぱいは、しっかりと体を休めて、体調を整えるようにと、言われています。お大事にしてください。山本さんがいないのは正直キツいですが、何とかみんなでやりますから。」
「…うっ、うぅぅ…ご、ごめんなさい…み、みなさんによろしく伝えて…」
そう言うと、私は受話器を置きました。
涙がまた溢れて止まりません。同僚の優しさへの涙ではありませんでした。昨日とは変わり果てた私の姿では、何日かは外に出れない…そのせいで、全く無関係の優しい人たちにまで迷惑をかけてしまう…どうすることもできないことに、情けなさと、私を陥れた卑劣な男たちと娘の香への憎悪がこみ上げてきました。私は涙を拭い、家中を歩いて確かめました。香が家に戻った形跡はありません。洗濯籠に服もなければ、弁当箱もありません。昨日、逃げるように家を飛び出した後、どこかで夜を明かしたようです。関係ない弟の司まで巻き込んで、憎い私へ卑劣なやり方で報復し、きっと薄ら笑いでも浮かべているに違いない…私は二階の香の部屋へ行き、わめき声をあげながら、部屋中のものを投げつけ、めちゃくちゃにしました。その時の私には、香が実の娘ということは忘れて、今すぐにでも殺してしまいたいほど憎い女とさえ感じていました。
プルルルル…
再び、リビングから電話の呼び出し音が
鳴り響きました。その音ではっ、と我にかえった私は、再び階段を降りて、受話器を取りました。
「…もしもし?」
大きく深呼吸して、息を整えて、冷静さを取り戻して電話に出ました。
「富美代さん?近所で騒ぎになってませんか?」
あの男たちからの電話でした。
「司がまだ帰ってないの!司は?」
「司?違うでしょ?司『サマ』って言わないと。」
「馬鹿なこと言わないでっ!司は無事なの?あの子をこれ以上、こんな馬鹿げたことに巻き込まないで!あの子は今、受験を控えた大事な時期なのっ!お願い!
ひどい目に遭わせたいなら、私がいくらでも受けるから、あの子だけは今すぐ家に帰してっ!」
「悪いけど、俺たち、誘拐まがいのコトして、警察にパクられるようなリスクを冒してまで、アンタに構う気ないんだ。アンタのあんな姿に、俺たち誰ひとり、ちんぽ勃たないどころか逆に、インポになって使いモンにならなくなった、って訴えたいぐらいだよ?…俺たち、家まで送り届けたけど、帰りたくない、ってゴネるから、困ってるんだよね?」
「う、嘘よ!代わって!司に代わって!」
「…ったく、知らねぇよ?てか、どうにかして欲しいのは、コッチだぜ?…ほれ、お前と話したいってよ…」
男は司に電話に出るよいに促しました。
「司?大丈夫?早く家に帰ってらっしゃい!」
「…っるせぇ。」
「えっ?司?」
「うるせぇ!気安く呼ぶなっ!」
「ど、どうかしたの?」
「お前みたいな奴がいる家に、今さら戻れるわけないだろっ!もう放っておいてくれっ!お前のいる家なんて、戻りたくねぇんだよ!今さら偉そうに母親面するんじゃねぇよ!お前のせいで俺は…俺は…うっ…」
私は言葉を失いました。被害者として怒り狂う私自身が、司自身の口から、私も司を傷つけ苦しめる加害者になっている現実を突きつけられました。
「俺たちも、アンタのせいで、飛んだとばっちり食らってんの、わかる?そういうコトだから、とりあえず息子さん、俺たちの手に負えないから、後はアンタたち母子で気の済むようにしてよ?じゃ。」
電話か切れました。司は私を恨んでいる…私は全身から力が抜け、受話器を落とし、膝から折れて床に落ちました。生きる希望を失い、あまりの絶望に崩れ落ち、ただひたすら泣き叫び続けた後、次第に意識を失っていました。
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