~第3話~
<偽りの平穏>
12畳のリビングには食欲をそそるカレーの匂いが広がっていた。
コトコトと弱火でカレーを煮込み、愛する主人の帰りを待っていた。
ピンポーン・・
「あ、はーい」
午後7時。いつもの時間にインターフォンが鳴り、玄関まで出迎える。
「ただいま。おっ、今日はカレーか。いい匂いだね」
カレーの匂いをいっぱい吸い込み、嬉しそうな顔で出迎えた美香にほほ笑む。
「おかえりなさい。そうよ。今日は浩二の好きなカレーにしたの」
「もうおなかペコペコだよ。手、洗ってくるね」
浩二は先ほど美香が自慰に浸っていた、2階の寝室に行きスーツをハンガーに掛け、ネクタイを外し、シャツとズボンを脱ぎ、ラフな部屋着に着替えた。
まさか自分の妻がバイブでオナニーをして欲求を満たしていた事など想像もせず、
1階にある洗面所で顔と手を洗った。
「はぁ、すっきりした」
リビングに行くと、テーブルにはビアグラスとカレーが用意されていた。
「うわっ、美味そう・・」
「そうでしょ?早く座って・・食べよ」
向い合わせに座ると、お互いのグラスにビールを注ぎ、乾杯をした。
カチン・・
グラスを重ねそのまま乾いた喉を潤した。
「ごく・・ごく・・あぁぁ、うまい。やっぱり仕事の後のビールは最高だよな。
いっただきまーす」
口いっぱいにカレーを頬張る。
浩二が美味しそうに食べる姿を見るのが美香は好きだった。
「あぁ、美味い。やっぱり美香のカレーは1番だよ」
「ホントに?まだいっぱいあるから食べてね」
二人は幸せそうに笑顔で会話をしながら食事を楽しんでいた。
「そうだ。忘れるとこだったよ。帰りにこれを渡されたんだった。
えっとぉ、唯ちゃん。って言ってたかな?俺たちの披露宴にも来てくれたらしいんだけど、携帯が壊れて番号もメルアドも変わったとかで美香と連絡がとれないからこれを渡してくれって」
浩二は鞄から美香の友人から受け取ったレター用の封筒を手渡した。
「へぇ、唯から?そういえば最近連絡ないと思ったら・・それにしてもなんか連絡先だけにしては変ね。手紙でも書いてくれたのかな?」
「どうだろうね。あ、そうだ。男の人も一緒に居たな。彼氏・・にしては歳が離れてるような。40前くらいの人だったよ?」
「そうなんだ・・唯って年上好きだったんだぁ。明日早速連絡してみようかな・・」
「そういえば別れる時に唯って子が、男の人の腕を組んで斉藤さん。行きましょ。って言ってたような・・・男の人は知り合いじゃないか?」
封を切ろうとした美香は[斉藤]の名前を聞いた瞬間自分の耳を疑い、封を切る手が止まった。
40前の男。斉藤。そしてこの封筒。
唯というのは恐らく偽物だろう。披露宴に行ったといえば浩二に近づいても怪しまれないからだろう。
「さ、斉藤・・・?」
一気に血の気が引き顔が青ざめていく。
「なんだ・・やっぱり知ってるのか?」
このままだと、斉藤と知り合いだという事がバレてしまう。
いや、まだあの斉藤と決まったわけではない。
本当に唯が連絡先を知りたくて彼氏と一緒に浩二の前に現れた可能性もある。
「いえ・・知らないよ。明日唯に聞いてみようかな」
できるだけ平静を装い、笑顔を作り封を切るのをやめて隣の椅子に置くと食事を続けた。
チラッ、チラッ。っと浩二の様子を伺うが、疑ってる様子はなかった。
中身が気になるが、浩二の前では万が一の事を考え開けるのを躊躇った。
「ふぅ。食った・・食った・・ごちそうさま。美香のカレーは本当に美味しかったよ」
満面の笑みを美香に向けて、食べ終わるのを待っていた。
やがて美香も食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいた。
「なぁ、たまには一緒に風呂に入らないか?」
浩二が珍しく誘ってきた。最近では一緒に入る事も少なくなっていただけに、
美香も一緒に入りたかった。
ただ、今は斉藤に渡された封筒の中身が気になる。
「んん。そうしたいけど、まだ洗い物もあるし。それに久しぶりで恥ずかしいもん。
浩二、先に入って」
なるべく傷つけないように断わり・・そして心の中で謝った。「浩二。ごめんなさい」
「そうか。わかった。じゃあ、入ってくるよ。もし一緒に入りたくなったらおいで」
そう言うと浩二は嫌な顔一つせずに風呂場へと向かっていった。
つづく
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