その5
「先生。今お時間ありますか?」
廊下を歩いていると、後ろからポンポンと2回肩を叩かれた。
振り返るとそこには麻生と長澤がいた。
麻生はニコニコと愛想を振りまいている。長澤の方は麻生の後ろに隠れ、笑顔は無い。
「なんだ?あまりヒマじゃないんだけどな。」
わざと素っ気なくしてやるのも駆け引きの一つだ。
「先生、私バスケ部に入ります!」
「そうか。ウチは強豪チームだ。部員も多いし、練習もハードだぞ?」
「はい!よろしくお願いします!」
「ポジションの希望は?」
「中学校ではシューティングガードでした。」
「なるほど。それで、長澤の方は?なんか俺に用事があるんじゃないのか?」
「い、いえ。私は陽菜の付添いというか。。」
「そうか。そしたら、麻生と入部の手続きやら、話しを詰めたいんだが、長澤はどうする?」
「あっ。そしたら、私はこれで失礼します。陽菜、あたし先に帰るね。」
「うん!優衣また明日ね!」
「よし。じゃあ、麻生はついて来てくれ。」
「はい!」
入学式からもう10日が経っていた。教頭を抱いて10日。
禁欲を始めて10日。今日の今日でいきなり麻生をどうこう出来る可能性は低いが、
急ぎたいという気持ちが強いのも事実だった。
「入部届けの書類が理科実験室にあるから。そこで少し話しをしようか。
実験室の準備室に入り、麻生をソファーに座らせた。鍵を掛けるかどうか迷ったが、警戒されては元も子もない。
「先生、何で理科実験室なんですか?」
「説明するのが、少し難しいんだが、ざっくり言うと英語科の準備室が無くて、ほとんど使っていないここをあてがわれたのさ。」
実際は違う。教頭に頼んで、ここを我が城にしたのだ。学校の中で鍵をしていて不自然でない教室というのはそうそうない。
ここがベストなのだ。
「ふ~ん。」
麻生はソファーに座り、脚をバタバタと揺らしながら、興味深々に辺りを見回していた。
「なんか先生のお部屋に来たみたいでちょっとドキドキする。」
「まあ、実際俺の部屋みたいなもんだしな。隠してあるエロ本とか探すなよ。」
私の軽口にも麻生はふふふっと笑い機嫌は上々なようだった。
「安藤先生!安藤先生!いらっしゃいますか!」
声の主は数学の勅使河原教諭だ。
「開いてますよ。どうされました?」
「ちょっと先生のクラスの神室の事でお伝えしたい事がありまして。」
「分かりました。後で教員室に顔出しますので。」
勅使河原を追い払って麻生の向かいに腰を下ろすと、麻生の顔はふくれっ面に変わっていた。
邪魔をされて面白くないのだろう。私も同じ気持ちだが、それを伝えるにはまだタイミングが早いだろう。
「麻生。聞こえてたと思うが教員室に戻らないといけなくなった。
悪いが、話しはまた今度な。」
麻生はふー。と大きなため息をついた。
「あのおじさん嫌い。」
「コラコラ。勅使河原先生だろ?まあ、俺も嫌いだけどな。あのおじさん。」
麻生は目を丸くして笑った。
「先生って、ホント正直ですよね。何かスゴク子供っぽい。なのに、他のどの大人よりも大人らしくて、
アタシなんかじゃ一生手が届かない程遠くにいる気がする。不思議な人。」
「なんだそれ?遠くになんかいないだろ。手を伸ばしてみろ。ほら。
麻生はそっと手を伸ばし、私の胸に手の平を当てた。
「ホントだ。。届いちゃった。。先生の心臓の音が聞こえてきそう。」
「当たり前だ。目の前にいるんだから。よし。それじゃあ、入部届けを渡しておくから、
記入欄に記入して親御さんのサインかハンコをもらってくること。いいな。」
私が立ち上がり、ドアを開けようとした時だった、麻生が私のワイシャツの背中をそっとつまんでいた。
「麻生?どうした?」
麻生は答えずに俯いていた。
私はここを勝負の時と見て、俯いている麻生の顔を上げさせ、不意にそっとクチビルにキスをした。
驚いた麻生は声も発せず、その場に立ち尽くしている。
「じゃあ、また明日。早く帰れよ。」
私は麻生を残し、教員室に急いだ。
「勅使河原先生。遅くなりました。それで、ウチのクラスの神室が何か?」
「ええ。実は万引きをしたと、近所のコンビニから電話が入りました。
「神室が万引き?それで今、神室は?」
「もう帰宅しています。親御さんが迎えに来て謝罪をしたようで、警察へは連絡しないという事で
その場は収まったようですが、神室の制服で有名な私立学校の生徒である事が分かり、ご親切に神室親子を帰宅させた後に当校に連絡をして下さったようです。」
「ご親切にね。では、神室親子はまだ、学校にこの事が伝わっている事を知らないと?」
「そういう事です。この事を知っている人間は私と教頭と安藤先生だけです。」
「分かりました。教頭と話し合い、対処などを検討致します。」
廊下に出て、笑いをそっと噛み殺した。
案外、麻生より神室の方が早くオチるかもしれない。
少なくとも、神室を攻めやすくなった事は間違いない。
私はもう一度笑いを噛み殺した。
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