その3
「えー。それではこれで入学式典は終了になります!在校生は担任の先生の指示に従うように。
新入生はファーストリクリエーションがあります。
各自配布物に記載されている校内図を元に自分のクラスに移動するように。
席はクラスの掲示板に貼られていますので、確認して、担任の先生がいらっしゃるまで、私語を慎み、着席して待機する事。それでは、一旦解散。」
檀上でマイクに向かっているこの初老の女性教諭は何の授業を担当する先生なのだろうか。少し怖そうで、少し感じが悪い。この人の授業はつまらなそうだな。
そんな事を考えながら、私は1年B組の教室に向かった。
同じ中学からこの学校に進学した者はなく、私は話し相手もいないまま、新入生の波に流されるように廊下を進み、B組の教室を目指した。
掲示板の張り紙を上から順に追っていく、麻生陽菜・・・神室郁美・・・長澤優衣・・・・波多野奈央・・・・・あった!「広瀬はるか」案の定、席は出席番号順になっていて、
私は窓際の一番後ろの席になった。「広瀬」という姓の特需を今回も受けるカタチになったが、「松井」や「矢口」「和田」などがいなかったのはラッキーだった。
席に着き、クラスメイトの顔を一通り確認する。30名のクラスで男女共に15名ずつだが、この学校はビジュアルの平均点が異常に高い事に気づかされる。
まるで、クラスで一番かわいい子を選抜して選んだような顔ぶれだった。
それに引き替え、男子はあまりパッとしない。勉強は出来そうだけど。。
騒ぐ生徒はいないものの、横を向いたり、後ろを向いたり各自が近い席の者に自己紹介をはじめ、少し教室がガヤガヤしてきた時、その人は立て付けの悪い木製の引き戸を勢いよく開き現れた。
「よーし。みんな前を向いて座ってくれるかな。」
教壇に手をつき、その人は話し始めた。
「まずは、入学おめでとう。そして、長ったらしい入学式お疲れさま。どこの校長も大体話しが長いんだが、ウチの校長は異常だ。常軌を逸してる。」
そう言って白い歯を見せて笑うと私達もつられて笑顔になった。みんなの緊張がほぐれていくのが、後ろの席からだととてもよく分かった。
「だが、君たちはまだマシなんだよ?初めて聞く話しなんだからね。
僕はさっきの校長の有難いお話しをもう5回も聞いている。ちなみに僕はこの学校に赴任して5年になる。」
今度はみんなが、ドッと声を出して笑った。
「毎年同じお話しなんですか?」
一番前の席の子が質問をした。えーと。麻生陽菜という子だ。
「そうだ。毎年同じ。この前なんか卒業式でも間違えて入学おめでとうと言ってたほどだ。」
質問をした麻生陽菜をはじめ、みんなが声を出して笑い、クラスは一気に和やかなムードになった。
「さて、冗談は程ほどにして自己紹介をさせてくれ。
今日からみんなの担任を務めさせてもらう事になった。安藤建二といいます。
歳は28歳。教科は英語。基本的には3年生の英語科を専攻した生徒の授業と1年生を担当してます。
何か質問ある人いるかな。」
「先生は部活の顧問はされていますか?」
波多野奈央という子が質問をした。
「うん。バスケ部の顧問をしています。実は僕は16歳から大学卒業までアメリカに住んでいたんだ。
NBAの選手になりたくて、中学卒業と同時に渡米して、NBAを目指したんだ。
でも、身長もスキルも足りなくて、大学卒業まで続けたんだが、NBAからお声が掛る事は無くてね。
それで、大学で教員免許は取っていたから、語学力を活かして英語の教師になったってわけだ。」
「他に質問がある人?」
「じゃあ、大学もアメリカなんですか?」
「そうだよ。君たちも知っているかな。」
そう言って先生が言った大学名にその場にいた全員が息を飲んだ。
誰でも知っている。東大よりも偏差値が高い、世界でも有数のエリートだけが学ぶ事を許される超有名大学だ。
OBにはアメリカの名だたる大統領たちも名を連ねている。
「あれ。。何か静まり返らせちゃったな。。」
そう言いながら、恥ずかしそうに下を向き頭をかく先生にみんなが心を奪われていた。
「まあ、あれだ。とにかく、一回しかない高校生活を目一杯過ごして下さい。
我々教師は嫌がっている人に何かを無理やり教えるという職業じゃない。
君たちがこの学校を選んだんだ。そして、学びたいと望む生徒たちに出し惜しみなく、
自分達の持っている知識、技術を教えるのが、我々の仕事だ。
それを吸収して自分のものにしてしまうのか、すっからかんのまま卒業するのかは君たち次第だ。
卒業までにこの学校の先生たちの知識を全部盗んでやる。そんな気持ちで学んでもらいたいと思います。
それでは、今日はここまで。
各自机の中の配布物を確認して帰宅する事。」
一番後ろの席の私には分かった。クラスの全員が安藤先生に心を奪われてしまった事を。
求心力。カリスマ性。どう言えば良いのかは分からないが、この人は今まで見てきた大人達とは、何かが違う。
誰もがそう感じていた。
生徒たちがしばしの間呆然とする程に。。
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