「コンコン」
ゆかりは窓を叩く音にびっくりして顔を横に向けた。
そこには白いシャツを着た男性が立っていた。
窓を開けるとすっと柑橘系の爽やかな香りが車内に抜ける。
「こんにちは。あの、ゆかりさんですか?」
りょうは恥ずかしい表情を浮かべて声を掛けた。
てっきりりょうは車で近くに停車すると思っていたゆかりは戸惑いと驚きと緊張と訳のわからない気持ちが入り混じっていた。
「は、はい。そ、そうです。り、りょうさんですか?」
ゆかりは緊張感でいっぱいの、上ずった声でかろうじて返事をした。
「そうです。お会いできて嬉しいです。今日は突然お呼びしてしまい、申し訳ありませんでした。大丈夫でしたか?」
チャットで会話した時と同様にりょうの声にすっと引き込まれる気がした。
「は、はい。今日は、し、仕事も休みですから。」
「そうですか。なら、よかった。
あのー、立ち話もなんなので、早速ですけどランチでも食べません?」
りょうは優しく微笑みかける。
ゆかりは車を降り、二人はショッピングセンターへと入っていった。
パスタが美味しいと評判のレストランへ二人は入った。
ランチタイムには少し早いのと、平日のため店内は空いていた。
人目を避けるように、店内の一番奥のテーブルについた。
ちょうど観葉植物が他の客の視線を遮り、二人は個室に通された状況とも言えた。
「改めまして、こんにちは。りょうといいます。
ゆかりさん、お会いできて嬉しいです。
こんな綺麗な方とランチをするなんて緊張しちゃいます。」
ゆかりさん、と名前を自然に呼ばれ、ドキッとする。
さらにりょうはゆかりの瞳の奥をすっと覗き込む。
目線。声。表情。
全てがゆかりの思考回路を狂わせ、蜘蛛の巣に絡まった蝶のように身動きが取れなくなるようだ。
「そんな。綺麗だなんて…。
こちらこそ初めまして。
正直言いますと、私、旦那さん以外の男性と食事をするなんて結婚以来なくて…。」
これが二人の主従関係の始まりであった。
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