レナが個室に戻ってきたので、浩介はなぜか安心していた。さっきよりも時間が長
かったし、1人で居るのが不安だったからだ。
「そろそろ行くわよ。満足した。」エレナが残ったワインを飲みながら浩介に確認
する。
ワインを2本空けた事に少し驚きながらも、浩介は返事をする。「大満足しまし
た。ご馳走様でした。」
席を立ちながらエレナが言う。「悪いけど浩介君、パンを持ってくれる。知り合い
が迎えに来てくれているから連絡するから。」
エレナはそう言って携帯を取り出し、電話を掛けながら店の外へ向かう。
浩介は言い付け通りにパンを持ち、その後を付いて行った。
店の外に高級車が停まっていた。ピカピカに磨かれたその車を浩介は見た事も無
い。たぶん外車だと思った。
車種はベンツ・マイバッハ、庶民には縁の無い車だ。運転席から男が降り、エレナ
に一礼し後部ドアを開けた。
浩介が帰る直前までエレナと一緒に居た男だった。早速エレナに使って貰えたの
だ。
車が滑りだす様に発進した。振動を感じさせない乗り心地だった。
走り出してしばらくするとエレナが口を開いた。
「浩介君、こちら木下さんといって、あたしの知り合いなの。代わりに勉強見ても
らう時もあるからよろしくね。」
エレナは男に浩介の家の用事を何かさせようとしている。しばらくノブ子の代わり
にするつもりでいる様だ。
もちろんエレナのそんな思惑など浩介は知る由も無い。
ただ家庭教師を、この木下と紹介された男が代わるのが嫌だ。それがたまにでも嫌
なのだった。
浩介が返事をしないので、男が焦れて言う。「よろしくな、浩介君。何でも聞いて
くれてかまわないから。」
「はい、よろしくお願いします。」少し浩介が無愛想に答えた。
車はデパートの駐車場に入った。VIP用の駐車場で入り口の前にあるスペースだ
った。
デパートの従業員なのか、ドアを開け来店のお礼を言っている。
「木下、お前も付いておいで。じゃあ、浩介君行くわよ。」エレナは言ってデパー
トの中に入っていく。
犬に言う様な言われ方をした男が、満面の笑みで後を付いていく。浩介も不思議に
思いながらも付いていった。
服、靴、寝具、アクセサリーと順に店を廻った。
男はどの店でも椅子に座ったままのエレナに対し、商品を目の前まで持っていき、
女店員の体に合わせ、エレナの指示に従っていた。
特に靴などは、自分の服が汚れるのも気にせず、エレナの差し出す足に、跪いて胸
に靴を抱く様にして履かせていたのだった。
女王様に仕える奴隷の様だ。実際男はそれを望んでいるのだが、エレナの方はまだ
まだ認めてすらいない。
その姿は傍から見ると滑稽であったが、浩介はこの男の事を羨ましく感じていた。
どんな形でもいいからエレナに構われたいと思っていた。荷物を持つ役が、男に奪
わたのも悔しかった。
2時間近く経っただろうか、やっと買い物も終わり家に着いた。もう午後9時を回っ
ていた。
「今日はこれとこれ、あとはこれだけでいいわ。あとは明日また呼んであげるか
ら、その時に持っていらっしゃいな。」
家の前でエレナが男に指示を出す。ノブ子が帰って来ないと置き場所に苦労するか
ら全部を運び入れるのは無理だ。
続けて「浩介君はお風呂沸かして。それとパン忘れないでね。」
各々がエレナから命令されて忠実に動く。
浩介は家に入ると、簡単にお風呂掃除をして沸かした。男は指示された商品だけ
を、家の中に運び入れている。
エレナはソファーで煙草を吸っていた。その組んだ足元で、男が商品の梱包を解
き、いつでも使える状態にしている。
「お風呂沸いたら入りなさい。明日学校でしょう。遅くまで悪かったわね。」浩介
に向かってエレナが言った。
「じゃあ僕はシャワーでいいから入ってきます。」浩介はそう言って浴槽に向かっ
た。
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