縋るしかない。昔の態度も詫びて、本気でお願いしてみよう。この考えしか思い浮
かばなかった。
「本当にお願い。もう私、先方に報告したの。今更駄目だとは言えない。中学時代
の事は本当にごめんなさい。どんな償いでもします。
だから家庭教師だけは引き受けて下さい。お願いします。このとおりです。」ノブ
子は心から懇願した。床に頭を摺り付けた。
テーブルをどかされ、土下座までしたノブ子に、一瞬躊躇したエレナではあった
が、組んだ足はそのままでノブ子の行動を見ていた。
「そんな真似やめなさいよ。あなた何なの一体、頭大丈夫。」土下座は見慣れてい
たが、女からは初めてだった。
ノブ子はエレナの足元の床に頭を擦り付けている。組んで揺らしている足の裏より
も下に、ノブ子の後頭部がある。
ちょっと足を下ろせば、ノブ子の頭が足裏に触る。ボサボサ髪の汚い頭、足でだっ
て触りたくない。何て気持ち悪い女なのかしら。
エレナは足元に跪いた醜女の後頭部を、まじまじと見つめて、そう思っていた。
「こんな真似しかできないなんて哀れだわね。」エレナが呟く様に言った。
自分の周りにはエリートな人間しかいない。両極にいる何の取り柄も無い人間が、
自分に縋っている。
これが精一杯の考えかしら。何か言いつけてみよう。どんな事でも聞くのか試しに
遊んでみたい。口元が綻ぶ。鼠を甚振る猫の様だ。
「何でもしますから、エレナ様お願いします。」懇親のお願いが、再度足下から聞
こえた。
「ハハハハ、エレナ様だって、女に言われたのは初めてだわ。あんた頭おかしいん
じゃない。中学時代は何だったの。」思わず笑う。
やはりエレナも忘れていなかったのだ。もはや対等な関係では居られない。一度も
エレナに味方した事の無い自分が恨めしかった。
当時の事を引合いに出された場合は、どんな言い訳をするよりも、心から屈服する
以外に方法は無いと思えた。
そう考えたノブ子は、目の前の床に置かれたエレナの素足に、屈服の口付けをしよ
うと体を捩り、顔を近付ける。
エレナは足を退かさない。覚悟を決めたノブ子は目を閉じた。一瞬の間をおき、そ
のままぐっと押し付けた。唇に何かが触れた。硬い。
「あははは、匂いが残ってるでしょう。フフフ、よーく舐めて、しっかり味わうの
よ。」部屋中に響き渡る声で、楽しそうにエレナが笑った。
目を開けたノブ子の前に、エレナの足は無かった。エレナは足を引いたのだ。ノブ
子に対しては、足への口付けも許さないつもりだ。
「ほら、床を舐めなさいよ。家庭教師やってほしいんでしょう。当時からブサイク
なデブだったのに、身の程知らずだったわよね。」
躊躇はできない。エレナの言い付けは絶対である。ノブ子はおみ足の残り香のある
床を、一心に舐めた。
「おいしいでしょう。フフフ、ブサイクなオデブちゃん。あはははは。」高笑いが
部屋に響く。完全にエレナのペースになった。
「玄関行ってミュール持ってきなさい。」ノブ子は顔を上げた。「早くしろ、うす
のろ。」エレナの罵声が飛んだ。
玄関で涙が出た。でもノブ子は悲しくは無かった。エレナに会った瞬間からこうい
う関係を望んでいたのかもしれない。
そう考えると安堵の涙にさえ思えた。これから一生縁が無いであろう、高貴な人間
に出会った。目の前に神が居るのだ。
エレナのミュールを手にとってみた。長い足をさらに長く魅せる様な洒落たデザイ
ンだ。ヒールの高さは8センチ位あるだろうか。
素人が見たって、安く買えないのが解る。そっと足裏の当たる部分に唇を寄せた。
エルメスとロゴが書いてある。皮の匂いがした。
舌を出して舐めようと思った時に、「何をしているのかしら。早く戻って来なさ
い。」エレナの叱責がリビングから聞こえた。
急いで涙を拭き、エレナの言い付け通りミュールを持ってリビングに戻った。
※元投稿はこちら >>