ノブ子は浩介に同情していた。浩介には苛められてはいたが、この両親の全てが人
任せという方針が理解できなかったからだ。
でも正直困った。知り合いには居ない筈だ。思い悩み中学時代の恩師に連絡をとっ
た。そしてある人物を紹介された。
西条エレナ、ノブ子の中学時代の同級生である。父親がアメリカ人で、母親がイタ
リア系ハーフの日本人、地元の進学校から、東京の
有名私大を卒業。父親の計らいで、アメリカのエール大学に1年留学し、現在は東
京大学で臨時研究員をしている才媛だ。
しかも東京にいる。自分の同級生だから思い出してもよさそうなのに、なぜか思い
出せないでいた。親しくなかったせいかもしれない。
すごい経歴だ。7年という月日は、こんなにも人に差を付けるものであろうか。と
りあえず連絡先を教えてもらった。
あのエレナが・・・。ノブ子は複雑だった。西条エレナ・・・、当時から容姿には
目を見張るものがあり、男子からは絶大な人気があった。
その上成績も良かったので先生からも可愛がられていた。家も金持ちで、両親も田
舎の大人達とは違い洗練されていた。
その為女子からの反発がすごく、陰湿な苛めを受けていた。ノブ子も皆と歩調を合
わせ、エレナには冷たく当たっていた。
いなかでは珍しいクオーターでもあり、雑種の雑種と苛めた。エレナには仲の良い
女子の友達はいなかった筈だ。
ノブ子だけのせいではないが、自分の容姿の事もあり、エレナへの苛めには積極的
に加担していた。
自分と正反対なこの少女に嫉妬していて、数の力を使い苛める事で、存在を認識さ
せていたのかもしれない。
長い年月と、その間自分を取り巻く苦労の連続で、すっかりエレナの事は忘れてい
た。
しかし、確かに自分の知り合いという面では、人にものを教えられるのはエレナし
か居なさそうだった。
「そんな私の頼みを聞いてくれるかな。」 ノブ子には自信が無かった。というよ
り会いたく無かった。
向こうは絶対的な美、自分は醜、24歳という年齢で、どのくらい差が付いているの
か解らない。
その時、電話が鳴った。浩介の母からだ。「ノブ子さん。家庭教師役は決まった
の。」少し怒り口調だ。
「いえ、まだです。」どうして怒られているのか解らずにノブ子は答えた。
「あんたがしっかりしてないからこうなったのよ。浩介は元々賢かったんだから原
因はあんたにあるのよ。」
完全な責任転嫁だ。しかしノブ子は謝った。「申し訳ありません。」卑屈な態度が
出る。
やっと探せた職場だった。多少給料は安くても、家賃も光熱費もかからず、全て給
金を使える事が魅力だった。
「ちゃんとした人間を紹介できるのかしら。あなたに人脈があるとは思えない
し。」嫌味な言い方が刺さる。
猶予がなかった。自分の替わりはいくらでも居る。ここで認めて貰わなければ、本
当に立場がやばい。
「同級生でアメリカの大学にも留学経験のある、東京大学の研究員に頼みました。
近々打合せに来てくれます。」
完全な勇み足だったが、ノブ子は言ってしまった。「えっ、本当。」電話の向こう
で弾んだ声が聞こえた。
明らかに口調が違う。「流石だわノブ子さん、貴方のお手当てもはずまなきゃね。
そんな優秀な方なら安心だわ。もうノブ子さんも
人が悪いのね、決まったというのなら勿体ぶらずに言ってよ。」これ以上ないノブ
子の手配に、母親も満足している。
「じゃあよろしくね。」電話が切れた。もう後には引けなくなった。何としてもエ
レナに家庭教師をやってもらうしかない。
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