苛んだ。
太田ノブ子は浩介の両親にはこの事は告げずにいた。
仕事を無くすのが怖かったし、たかが小学生の我侭だから我慢もできた。その気に
なれば自分の方が強い事も解っていた。
だから生活面での小言は控えめにし、横暴にも耐えた。
その上で食事だけはきちんと摂らせ、健康面だけに気を使った。
その甲斐もあって浩介の顔に覇気が戻り、肌の艶も出て健康体になった。
6年生になった頃には体つきは小柄だが、健康そうな児童になり、両親も一安心と
いうところだった。
そんなある日、浩介が学校に行っている時に父親が自宅に帰ってきた。
「あ、だんな様おかえりなさいませ。」 ノブ子が丁寧な挨拶をした。
「いつも家の事、任せっぱなしで申し訳ない。浩介は言う事聞いているかな?」
浩介の父はそう答えた。
「浩介君も反抗期で、干渉されるのが嫌みたいです。だからあまり細かい事は言わ
ない様にしていますけど・・・。」
「少し甘やかしてしまったのかもな。成績も上がっていないし、そろそろ厳しくす
る時期かも知れん。ノブ子さんの知り合いに適当な
人物がいらっしゃらないかな。いつも良くやってくれるあんたの紹介だったら安心
できるのだけど。」
「浩介君の成績がご不満なのですか?まだ伸び伸びとさせていても大丈夫だと思い
ますけど。」
「いやノブ子さん、俺が職人だから言う訳じゃないけど、勉強は癖付けだよ。今く
らいからそういう癖を付けておかないと、いざという
時にやり方が解らないんだ。浩介にはどちらかというと、母親みたいな綺麗な仕事
に就いてもらいたいしね。」
しばらくの沈黙が続いた。というか、ノブ子はどう答えて良いか解らないでいた。
中卒の自分の知り合いの中で、人に勉強を教えられる人物なんていない。そう思う
と少し恥ずかしかった。
「だんな様、奥様の方へお聞きになったらどうですか。有名大学卒の方もたくさん
いらっしゃるみたいですよ。」
沈黙に耐え切れずにそう答えた。
「あいつは忙しくて駄目みたいだ。今大きい仕事が入っていて、こっちに全て任せ
ると言うんだよ。もし紹介してくれるなら頼むよ。」
浩介の父は続けて、「これからまた仕事だから出掛ける。少々金が掛かってもいい
から頼むよ。」そう言ってまた出て行ってしまった。
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