SM・調教 官能小説

「ああ、帰ったのね、あいつ。」シャワーから出たエレナは、男が居ないのを見て
呟いた。だが寂しさも何も感じていない。
そしてケースの中から下着を何枚か取り出し、その中の一つを選んで身に着けた。
下着は全部で10組以上はあるだろうか。レベントンとエルファーの新作モデル、マ
ホガニーもある。
エレナがいつも身に着けているブランドだ。下着だけでも軽く300万はする。
改めてケースの中身を確認すると、夥しい程の品物で溢れている。しかもエレナの
好みを熟知した内容の品々ばかりだった。
化粧品もファンデーションやマスカラ、スキンケアセット等の細目ごとに、メーカ
ーが分けられている。
シルクのパジャマは、買おうと思っていた物だ。確か定価で50万円、色違いで2着
入っている。
ストッキングも専門店にしか無いものばかりし、洗顔用具の中の歯ブラシでさえ
も、国内では購入先が限られているのに入っている。
「何時の間に調べたのかしら。」独り言の様にエレナが呟いた。
少し気味が悪かったが、絶えずエレナとの会話の内容に、男は聞き耳を立てていた
のだった。
「センスはあるみたいね。また使ってあげようかしら。」男が知る由も無いが、も
う一度呟いた。

エレナはソファーに座り、煙草に火を付けた。これからの事を考えている。
今日の夜から一週間ノブ子は帰って来ないし、傷が癒えるまではこき使う事はでき
ないだろう。
まずはこれから帰ってくるであろう、この家の小さな住人に、自分の事を何と説明
するかであった。
ノブ子の話では、性格が曲がっていると聞いていたので、変な言い方をすると両親
に言い付けるかもしれない。
どうって事は無いが、ノブ子を見られて警察にでも通報されると厄介だ。
もみ消しは簡単に済むが、奴隷に頼み事をしなければならなくなる。
「まあ何とかなるわね。」独り言の様にエレナが呟く。
取りあえずケースから出した物を元通り詰め直し、そのケースを部屋の隅に片付け
た。
その時玄関の扉が開く音がし、浩介が部屋に入ってきた。ただいまの挨拶もない。
「お帰りなさい、浩介君だよね。あなたの家庭教師を引き受けた西条エレナで
す。」エレナは明るく浩介に声を掛けた。
「えっ。」驚いたのは浩介の方だった。部屋に居るのはてっきりノブ子だと思って
いたからだ。
家庭教師の事は聞いていたので驚かないが、エレナの出で立ちや振る舞いは、今迄
見てきた女の人と一線を画している。
明らかに違う人種だし、別世界の住人というのが子供心にも解る。
ノブ子の同級生だという事が信じられないでいたし、顔もまともに見られないでい
た。
美しいのは十分すぎる程に雰囲気で解る。何か妖気を感じる様な美しさだ。
このエレナと名乗る暴虐の美神に、浩介は最初から呑まれていた。
一方のエレナはというと、浩介の印象は簡単なものだった。
初めて自分の前に出た男は、皆同じ様な反応をするからだ。浩介の反応も一緒だっ
た。
「変な顔をした普通のガキだわ。言う事は聞きそうだし、取り柄は無さそうだけど
思っていたより素直そうだ。」と分析していた。
「あの、あの、の、ノブ子さんは、ど、どこに。」過呼吸の発作みたいな話し方で
浩介が質問する。
その様子に、エレナは吹き出しそうになったが、我慢して言い聞かせる様に答え
た。
「それが怪我をして、入院したみたいなの。」浩介は信じられない様な顔をしてい
る。
エレナはその後、詳しい事は解らないが、結果的に怪我で入院して留守にするか
ら、同級生の自分に退院までの仕事をして欲しい
と言われ引き受けた事。意識もあって、なるべく早く退院するから心配しないでほ
しいと連絡があった事などを補足説明した。
浩介は無言だった。やはり小学生だ。知らない人間と一緒に居るのは不安なのだろ
う。
でも、この作り話は信用した様だった。
「浩介君は何か食べたい物あるのかな。」エレナが聞いた。ノブ子の話を終わらせ
る狙いもあった。
「あたしもこの家は初めてで、勝手が解らないから、今日の夕飯は外に行きましょ
う。お近づきのしるしにご馳走するわよ、浩介君。」
尤もな理論で浩介を誘った。外で済ませば準備も片付けも心配しなくていいのだ。
「うーんと、好き嫌いは無いので、何でもいいです。先生の好きなところに連れて
行って下さい。」浩介は素直に返答した。
浩介はエレナを先生と認めた様だ。あれほど家庭教師は嫌だったのに、エレナの虜
になっていた。
この時間は普通ならゲームをするところだが、誘いを断ってエレナを怒らせたくな
かった。
エレナから嫌われる事だけを恐れた。できれば可愛がってほしいと思っていた。
「うふふ、解ったわ。浩介君って良い子なのね。好きだわそういう子って。美味し
いとこ連れて行くわね。」笑いながらエレナが言った。
浩介はエレナのその言葉に、顔を赤くした。考えを見透かされた気がしたからだ。
「ついでに買物にも行くから付き合ってね。あたしも急だったから洋服が無い
わ。」
エレナの追加注文に浩介が返事を返す。「荷物があるのなら、僕が持ちますよ。」
嬉しかったのもあったが、もっと褒めて貰いたい一心で良い子になりきって言っ
た。
二人は家を出た。通りまで行かないと、タクシーが来ない事もあって歩いていた。
エレナの足は長い。普通に歩かれても浩介は小走りになってしまうくらいだ。必然
的に後を追う様に付いていく。
「フランス料理の店に知り合いが居るのよ。今日はそこに行きましょう。」歩きな
がらエレナが浩介を振り返り話す。
エレナの足ばかり見て追い掛けていた浩介は、ドキリとして見上げる。夕日に照ら
された美しいエレナの顔が笑っていた。
「はい、楽しみです。フランス料理って食べた事無いから、どんなだろうってずっ
と思っていました。」媚びる様に浩介が答えた。
ふいに5メートルくらい先に蝉が落ちた。季節は夏の終わりだ、寿命がきているの
か、羽をバタバタさせて地上を回転している。
次の瞬間浩介は信じられないものを見た。
エレナのミュールがその蝉を直撃したのだ。グシャ！ズリッ！
もちろん蝉は即死だった。内臓を飛び出させ、ペチャンコになって死んでいた。
エレナは歩を緩めない、そのまま何事も無かった様に歩いている。
追い付いた浩介は聞いた。「今蝉を踏んじゃいましたよ。」心なしか声が上ずって
いた。
「わざとよ。うふふふ。」エレナが笑った。
「だって目障りでしょうあんなの、虫けらの癖に。あたしに踏まれて死んだのだか
ら幸せじゃないのかしら。」事もなげに言った。
もちろん蝉に対する罪悪感は全く無さそうだ。それどころか蝉が幸せだったと言っ
ている。
通りの手前でエレナが歩を止め、微笑みながら浩介に言った。
「いい、浩介君、強い者が弱い者を自由にできるの。生かすも殺すも思い通りに
ね。浩介君はどっちになりたいのかしら。フフフ。」
浩介は答えられない。難しすぎて解らないのではなく、強者になりたいけれど、エ
レナに対しては弱者になりたかったからだ。
「先生の言う通りの人物になります。」思いがけずにそう答えてしまっていた。
「ウフフ、そうなの。なれるといいわね。」クスッと笑ってエレナが意味深に答
え、また歩き始めた。



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