男が帰った後エレナは、またどこかに電話している。
1時間程すると玄関のチャイムが鳴る。エレナが扉を開ける。
外にいたのは別の男だった。「中にお入り。」入った男は玄関のたたきに土下座し
た。
「エレナ様、ご指名いただき、有難うございます。」奇しくも前の男と同じ様な挨
拶だ。
おそらくエレナの教育がそうさせているのであろうか。「顔をお上げなさい。」エ
レナが短く命じる。
睨み付ける様な視線を、男に向けエレナが続ける。「きちんと用意できたのかし
ら。少しは使える様になったの、お前は。」
男は持参したラージキャリーケースをエレナの方に移動させる。
「一通りご用意しました。できればお確かめになって下さい。」頭を下げながら男
が言った。
エレナは面倒臭そうに、「いいわ、だったらこっちに持っておいで。」そう言いな
がらリビングに向かう。
男はいそいそとケースを運び、エレナの座るソファーの前に土下座し、簡単に中身
の説明を行った。
「以上です。不足があればご用意します。」言って頭を擦り付ける。
ケースには下着類や生活用品等が、ところ狭しとびっしりと詰まっていた。
化粧品や高級そうな肌着、洗顔セットにパジャマ、爪きりや薬まであった。
「それとこれをお納め下さい。」男がそう言い、大きな封筒を差し出す。
頭を床に付けたままで、恐れながら献上品を、といった有様だ。
「何かしら、それは。」悠然とソファーに座り、足を組んだエレナが聞く。
男は答えられない。差し出した手に、力が入り震えている。
仕方なくエレナは封筒を手にした。中には100万円の束が5つ入っている。
「あたしをお金で買うつもりなの、お前は。」エレナの言葉に男は緊張した。
「め、滅相もございません。他の品物の購入に当てて頂きたいだけでございま
す。」小さく震えている。
足元で震えている男に向かいエレナが言った。
「別にお金は欲しくないわ、どの位役に立つのか、お前を試してあげただけなの
よ。」
呆れた様な言い方だった。立場を弁えなさいという意味も込められていた。
エレナの銀行預金残高は、軽く50億を越えていた。生活や食うには困らない。
それどころか商売でも何でも始められる大金を、エレナはもう既に手に入れていた
のだった。
今更貢ぐ男なんて欲しくないし、お金を出せば何とかなると思われるのが癪に障っ
た。
確かにエレナには、金銭を貢がせている男が、昔から何人も居る。
しかしエレナの考えは、その人間を追い詰める目的があって貢がせている。
自分が決めた奴隷にしか、その権利を行使させていないし、一切の贅沢は認めてや
らない。
自分と接する事だけを娯楽にさせて、構われる事に喜びを感じさせているのだっ
た。
だからこそエレナは、自分から貢いで機嫌をとろうとするこの男に、分を弁えてい
ないという怒りがあった。
まだ奴隷として認めていないし、半人前以下でいつでも捨てられる存在がこの男
だ。
貢ぐ方にもエレナの許しがいるのだった。
貢がれる金額も、最低でも桁が1つ違う。安く見られているのかも知れない。
「お前は大きな勘違いをしている様ね。」少し怒気を帯びた口調でエレナが言う。
その口調に男は、縋る様に謝罪の言葉を繰り返す。
「ここまでの準備しかできない自分を恥じております。エレナ様にご満足していた
だけないのも解っております。申し訳ありません。」
男は心からの謝罪を繰り返していた。
エレナの命令は、「知り合いの所に居候するから、身の回り品を1時間以内で準備
しなさいな。」との事だけであった。
どこまで準備すれば良いのかも解らず、一番大きいケースを買い、必需品を手当た
り次第に詰め込むのが精一杯だったのだ。
「これが私の精一杯の用意でした。買い忘れた沢山の品物があると思います。本来
であれば、私が使っていた筈のお金です。」
男の言葉にエレナは少し表情が緩んだ。いきなり現金を出され、値踏みされたと勘
違いしていた。
命令を最後までやり遂げたい気持ちを理解したし、男の考え方は分を弁えているの
かもしれない。
男は許して欲しいのか、一層畏まって震えている。
使える男だと思ってはいないが、本心からの忠誠心が感じられる。気分は悪くは無
い。
エレナは笑った。
「あははは、要はお前が馬鹿だから気が利かない。用意を忘れている物を購入する
資金をあたしに預けるって事かしら。」
その言葉に男はすぐに反応した。
元よりエレナという美しい女神は、どんなにお金を出してもどうこうできる存在で
はない。
自分の説明が下手だった為に、誤解を招く結果になっている。エレナが本心を理解
してくれ、助け舟を出してくれている格好だ。
「そうでございます。エレナ様からお声を掛けて貰った御命令を、全うしたいと思
いましたが、至らなくて申し訳ありません。」
男は、更に謝罪の言葉を繰り返す。頭は床に付けたままだ。
「いいわ、特別に許してあげる。そこまで言うなら貰ってあげるわ。」
高価な日用品はともかく、現金500万円までも献上するのに、跪いて頭を擦り付け
てお願いしなければ貰ってもらえないのだった。
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