契約彼女8‐4
淡く紫がかる空。
街は夜の顔を見せ始め、テールランプの行列が遠目に見える。
「最後まで……聞いてください」
風に髪を揺らしながら、友恵はあの日のように背を向けていた。
「私、好きな人ができたんです」
夜が濃くなっていく。
消えていきそうな友恵の姿を見逃さないように、俺は彼女の背中を見続けていた。
「だから……約束通り、もう終わらせます」
友恵は言う。
「私と一緒に歩き出してくれた、この場所で……」
と。
騒がしい彩りを眼下に臨み、風に乱れる髪をそのままにして。
「ナルシストだったんですね、私。まるで、ドラマのワンシーンみたいに……」
彼女の声色に自嘲が紛れる。
「でも、ホントは違うんです。この場所に来たかった理由」
友恵はいつになく物静かで、たまに頭を下に向けることくらいしかしない。
「ホントは……本当は……もう少し、優越感に浸っていたかったんです」
髪を掻き上げる友恵を、俺は彼女に言われた通り、何も言わずに見ていた。
そして彼女から舞い落ちる言の葉を、一枚一枚拾っていた。
「仁さんにもらった誕生日プレゼント、とても嬉しかったです。
でも……私にとっては、ここに来るまでの仁さんの背中の温もりが、それ以上のプレゼントでした。
だから最後に、感じとこうと思って……私のものだぞって……」
友恵は一息に言い切ると、深く息をついて天を仰いだ。
「友恵……あのさ「言いませんっ」
二度あることは三度ある。
俺の語り出しは、意味のわからない友恵の言葉で遮られた。
「言いません……言いませんっ……」
何を言わないのか俺にはわからない。
何かを言ってくれとリクエストしたわけでもない。
ただ彼女は肩を震わせながら、同じことを繰り返していた。
「いっ、言いませんっ……言っちゃダメ……ダメっ……」
呪文のように呟やく友恵。
彼女はきっと自分と闘っているのだろう。
それは、
「言っちゃうと……全部意味がなくなっちゃう……」
と紡がれた涙声が物語っていた。
「折角笑顔で見送れたのに……折角っ、大人っ、に、なれたのに……」
空を見上げていた顔はまた下を向き、彼女はひたすら涙を拭っていた。
「……言ってみたらいいんじゃないか?」
辛そうな彼女に耐えきれなくなって、俺はそう提案した。
その瞬間、友恵は勢いよく此方に振り返り、大声をあげた。
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