契約彼女8‐2
「ごめんね……急に」
フレッシュを注ぐ俺に、里奈は小さくそう言った。
彼女はベビー用品を卸すことを商いとする企業に入社し、中でも新規開拓を主にした部署に所属しているという。
今日こうしてこちらに来たのは、契約を交わした取引先への事後挨拶の付き添いだそうだ。
里奈はまだ、先輩について回る段階なのだ。
それが昼間に終わり、明日帰るまでの間にできた時間で、こうして俺と会っている。
その俺はというと、西日の寂しい日に晒されたコーヒーを眺め、渦を巻くフレッシュに心中を重ねていた。
「ううん……で、どうしたの?」
俺は思い出したかのようにティースプーンをカップに入れ、掻き回した。
「うん……ごめんね」
一番聞きたくなかった言葉が里奈の口から紡がれる。
「なんか私……最低」
「それは違うよ」
顔を俯ける里奈に、そう口走っていた。
彼女が俺をフった理由は、今の俺には納得できる。
俺が我儘だったんだ。
「……ううん」
彼女は首を横に振る。
友恵と同じくらい大きな瞳を、そっと閉じて。
「正直、ウザかった」
里奈はそう呟く。
下を向いたまま。
友恵と違って感情をあまり表に出さない里奈が、端的な一言で心情を明かす。
そのくらい、俺は彼女を追い込んでいたのだ。
「新しいことばかりで、頭が一杯で……クタクタで……」
友恵と違って、会話中にあまりモーションを起こさない里奈は、ずっと下を向いたままだった。
俺は、そんな大人びた里奈が好きだった。
付き合い出した頃には、もう未来のビジョンをしっかりと描いていた里奈。
物腰、振る舞い、行動……全てが周りの奴よりも魅力的だった。
そんな彼女を跪かせたいと思ったのが、サディストな俺の目覚めだったのかもしれない。
友恵と違って何でも一人でこなしてしまう里奈の、二人の時にだけ見せる甘えたような仕草が更に俺を掴んで離さなかった。
「でも、慣れてきた今は……だんだん寂しくなって……」
こうして弱音を吐く里奈を、俺は数えるくらいしか見たことがない。
それは俺が彼氏だと実感できる、一番の里奈の姿だった。
でも、今は違う。
「私……やっとわかった。仁がいないと……ダメってことが」
友恵と違って、里奈はこれからも俺が必要なことに気付いたらしい。
友恵と違って……。
友恵と違って…………?
「………………」
俺は漸く美佳の言っていたことがわかった気がした。
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