契約彼女8【最終話】
俺のわからなかったこと……
知りたかったことって……
私と一緒に歩き出してくれた、この場所で……
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契約彼女8‐1
もう少し厚着をすればよかったと、バイクを走らせながら後悔した。
切り裂く外気は、心も手伝ってか若干寒く感じた。
走り抜けたその先に、俺は何を期待しているのだろう。
それすらもわからない。
何もかも、どうでもいい。
そうは思っていても、バイクは街を縫っていく。
その先に、僅かな光を求めて……。
街の中枢機関である大きな駅が見え、少し値の張る駐輪場にバイクを止めた。
相変わらずこの辺りはビジネス臭がぷんぷんしていて、いつまでも子供でいたい俺に現実を突きつける。
いや、「大人になれない俺に」と言った方が正しいか。
堅苦しいビル群の中には、良く見ると一息つける場所が隠されている。
里奈と待ち合わせた喫茶店も、そんな場所の一つだ。
入り口から入ってすぐ、店の隅の方にいる彼女を見つけた。
栗色だった髪は黒くなり、結い上げられたポニーテールを揺らしている。
「……よ」
歩み寄った席の椅子を引きながら、俺は小さく声を出していた。
固く、でもどこか懐かしい笑顔でそれに答えた里奈には、俺の顔がどう映っているのだろう。
一瞬そんな考えが過ったが、注文を採る店員の声に
「ホットコーヒーで」
と言っている自分がいた。
「ホット?」
驚き半分笑い半分といった顔で俺を見る里奈。
「え? あぁ……え、おかしい……かな?」
適温の室内でスーツの上着を脱いでいる里奈に、思わずそう返していた。
彼女の前にあるオレンジジュース。
そのコップに浮かんだ、重なりあった氷が少し溶け、涼しげな音を立ながら横に並び直した。
「ぁ……」
彼女は小さな声を出し、返答に困った様子で視線をテーブルに這わせる。
それは、俺たちの呼吸が昔とは違うことを物語っているようだった。
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