契約彼女5‐3
涼やかな水色のミュールが、ハイヒールのそれに似た独特の音を響かせる。
どこか冷たさを感じさせる、そんな音を。
「……先輩の家に行ってもいいですか?」
友恵の呼び掛けには応えず、歩み寄ってきた美佳は俺に問う。
「あ……えーと……」
自分でも目が泳いでいるのがわかった。
目を逸らしていた後ろめたさがじわじわと広がっていく。
一瞬見えた友恵の顔は、僅かに不安を滲ませていた。
「あ、明日……早いんだよ」
夏休みの今、授業とは言えずにそう口走っていた。
何故か友恵の顔色を窺う俺。
「だから……」
「トモは先輩の家に行くの?」
「えっ?」
詰問の矛先が急に変わり、友恵は何も言えなくなってしまっている。
「いつも一緒って……ホントなんだ」
その沈黙を肯定と捉えた美佳は、俺に視線を向けながら独り言のように呟く。
俺たちは考えていなかった。
誰かに言い寄られたとき、どうするかということを。
そして今のこの状況は、想定外と言う他ない。
もとはと言えば、合宿の時に自制できなかった俺が撒いた種なのだが。
「仁さん……」
俺は、友恵が向けてくる視線に頷き
「ちょっとお話ししよっか」
と、ひきつった笑顔で美佳を誘った。
換気扇が唸るその下で、重苦しい溜め息ととも煙を吐き出した。
「要するに、セフレ?」
美佳はその単語に俺たちの説明を凝縮させた。
「ち、違うって! 何て言うか……」
友恵は否定したが、俺は内心で納得していた。
いや、納得と言うと語弊がある。
彼女をそう捉えようとしたがっている自分に気付いたというのが正しい。
友恵をどう見たらいいのかわからなくなってきた自分が、都合のいいオンナで良いじゃないかと思いたがっている。
契約上の彼女とは何なのか、わからなくなっていたのだ。
契約とは何なのか……。
「でも、寂しいから一緒にいるんでしょ?」
美佳はそう言う。
彼女の持論では、寂しいからという理由で一緒にいると、セックスフレンドという関係になるらしい。
それなら、美佳にとって俺はそういう友達にあたる。
……あれ?
だとしたら、優しいとか尊敬とか、あのくだりは何だったんだ?
「私も仲間に入れてよ」
美佳はまるですがるように友恵に擦り寄る。
「私も寂しい……トモ、知ってるでしょ?」
と言いながら。
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