契約彼女1‐2
「俺、ここなんだ」
立ち止まった俺に続いてトモもその場に佇んだ。
4階建てのアパートで、各フロアには5部屋ある。
10畳でセパレート、1階部分は駐車場になっているが、家賃は5万ちょいと良心的だ。
「じゃ「もうちょっと」
去り際の挨拶に割り込んできた、トモの小さな声。
「もうちょっとだけ、話しませんか?」
つまり、部屋へ上げろってことか?
このまま会話を続けても、互いの傷を舐め合うだけになる気がする。
確かに、同じ境遇を嘆き合うことで前へ進む切っ掛けを得るかもしれない。
しかし、悲しみの淵を覗いてその奥底へ堕ちていく可能性も孕んでいる。
ただ明瞭にわかっていることは、トモが帰るのを拒んでいること。
助けを求めていること……?
それなら、何を迷うことがあるだろうか。
「……寄ってく?」
救いを求めて伸ばされた手を払い除けるほど、今の俺は行き急いではいない。
同じ痛みを抱く相手となれば、余計に躊躇いは薄れていく。
俺の呼び掛けに、トモは
「はぃ……」
と小さく答えた。
座るように促すと、布団のない炬燵机に向かってトモは腰を落ち着けた。
俺はパソコンデスクとセットの椅子に、背もたれを前にして跨ぐように座る。
「で? 何話す?」
少し明るい声色にして訊いてみる。
トモは少し俯き加減のまま、
「遠距離って……難しいんですね」
と何かを悟ったように言った。
曰く、卒業式に告白して付き合うことになった彼は、新幹線で2時間ほどかかる大学に行ってしまったらしい。
結果、夏休みの直前に関係は終わった。
「そうかな?」
同じ状況の俺は2年続いた。
「ま、ふられた俺が言っても説得力ないか……」
苦笑を浮かべる俺を見ていた視線が、壁にかかった時計に向いた。
それにつられて俺も目を遣る。
もう11時を回っていた。
「……仁さん」
俺の名を口にしたトモは、また顔を俯けていた。
「抱いてもらえませんか?」
「は?」
俺は耳を疑った。
何の脈絡もなく突然そんなことを求められたら、大概の人は当惑するだろう。
少なくとも、今の俺はそんな状態だ。
寂しさを埋めることが目的で体を重ねても、その後には虚しさしかまってないのではなかろうか。
「あのさ……」
「……お願いします」
小さな声にははっきりとした意思が感じられる。
ふっと上げられた彼女の顔は、とても思い詰めていた。
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