契約彼女1‐6
「失(な)くした方がいいんですよ、あんなの」
トモは言う、
「いつまでもあるから、守りたくなるんです」
と。
あられもない姿で仰向けに寝転んだまま、額に右腕をあてて視線を横に流している。
暗い部屋でもはっきりとわかる破弧の痕跡が、滲み出る悲しさに呼応してさらに黒み増していくように見えた。
今の彼女は、何を言っても聞く耳を持ってくれそうにない。
でも、放っておくのも心苦しい。
「……立てる?」
換気扇の下でふかしていた煙草を灰皿に擦り付けた。
「取り合えず、服、着ようか」
それを聞いて
「……ですね」
と呟いたトモは、重そうな体を起こした。
ガサガサと手探りで衣服を手繰り寄せ、下着に手足を通していく。
「明日、暇?」
「え?」
暫く思案していたトモは、
「夕方からのバイトだけです」
と答えた。
「じゃあ昼間寝れるな」
「え? ええ?」
困惑した眼差しで身なりを整える俺を見るトモ。
知ったこっちゃない。
「行くぞ」
「行くって何処にですか?!」
「いいからいいから」
未だあたふたしているトモの手を引いて、玄関へ連れ立った。
山中の駐車できるスペースにバイクを泊めた。
「着いたぞ」
訳がわからないトモを降ろし、俺は煙草に火を点けた。
「何ですか?」
「誕生日プレゼント」
顎で指した方に視線を向けたトモがどんな顔をしていたか俺にはわからない。
ただ呆然と立ち尽くす後ろ姿と、その向こうに見える夜景だけが俺の目に入っていた。
本当は元カノを連れてきたかったのだが、今となっては叶わぬ願いだ。
そんなことを思っていると、不意にトモが此方に向き直った。
「これ……私がもらっても良いいんですか?」
まるで心中を見透かされたような言い回しだ。
いや、誰でもわかるか……。
「……いいよ。もうあげちゃったし」
自然と視線が下がっていく。
俺だっていつまでも立ち止まっていられない。
そうは思っているものの、どこかでまだ立ち直れない自分がいるんだ。
悔しさ紛れに踏みつけた煙草は、残り火が僅かに輝き、やがて消えた。
「……仁さん」
山風に吹かれた髪を耳にかけながら、トモはそっと俺を呼んだ。
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