目をつぶって苦痛に耐えている杏奈にも、手に持ったボウルの重量が増していくことはよく分かっているのだろう。
目を開けた時には吐瀉した汚物が波打っていた。
「あーあ、ひどいなぁ。私達がせっかく用意した朝ごはんを全部吐いちゃうなんて」
「そ、そんな……これはあなたが無理やり……」
「ご馳走したんだから、ちゃんと全部食べてもらわないとね」
晶とまり子が杏奈を挟んで言う。杏奈はというとこんなものを食べるのかという表情でボウルの中を見つめている。
「ふ、ふざけないでよ……こんなの食べられるわけが……」
ボウルの中のゲロは鼻を摘みたくなるようなツンときつい悪臭を放っている。とてもじゃないが食べ物と思える匂いではない。
「あらそう、だったら彩香に食べさせてあげようかな。あの子だったら喜んで食べるだろうし」
「わ、分かったよ……食べればいいんでしょ食べれば……」
彩香のことを言われて覚悟を決めたのか、ゆっくりとボウルを顔に近づけていく。それでも鼻に近づくにつれて杏奈の顔が歪み、ついには嗚咽を漏らした。
「うっ……」
嗅いでいるだけで更なる吐き気が杏奈を襲っていた。
「ふふ、あんたそんなもの本気で食べる気? それが何か分かってるの? ゲロよゲロ、人間の食べるものじゃないでしょ」
晶が高らかに声を上げて笑う。杏奈もそんなことは分かっているのに、彩香のことを思うと食べないわけにはいかないのだろう。自分が姉の代わりに犠牲になる。そんな悲壮感を漂わせながら杏奈はボウルに口をつけてゆっくりと傾けた。
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