2月の週末。バレンタイン前の金、土は「F」からの頼みで真由美が「由美」になるようだ。
「師匠。私、入るんで顔出してくださいね。♡」
「金曜は予定があるから、行けても土曜だな。」
「来て下さいよ。来てくれなかったらバレンタインのチョコあげませんからね。」
「酒を飲むお猪口なら欲しいけど、チョコレートは別になぁ… (笑)」
「待ってますよ。♡」
「まぁ、つもりはしとくよ。」
ガチャッ… 「♪… 素敵にkiss~」と、例年この季節になると何処からともなく聞こえてくる曲を由美が歌っている。
「いらっしゃい。」
「毎度。季節の歌だな。(笑)」
「お客さんのリクエストよ。(笑)」
「俺らが高校の時だから13、14年前か。考えたら古いよな。」
「バブル前だもんね。(笑)」 なんて、加奈と話をしてる。咲ちゃんが来て何やら耳打ちしている。
「修ちゃん、藤田さんが来るって。(笑)」
「うわぁ、帰ろうっかなぁ。(笑)」 なんて冗談を言ってると、チーフがBOXに準備をしに来て
「今日は議員さんばかりで流れてくるらしいですよ。」 と、声をかけて行った。
(議員さんばかりなら、声もかからないか。)と、飲んでいた。暫くすると、ドアが開き賑やかなお喋りの団体さんの到着だ。
加奈が「いらっしゃいませ。」と、迎えに出て奥のBOXへご案内。
「おっ、修二君。毎度。」と、藤田さんが肩をポンと叩いて通っていった。
このタイミングで、女の子もチェンジになり由美が付きに来た。
「いらっしゃいませ。」と、俺と右隣の客、その右の2人組に挨拶する。
由美もこういう忙しめの時はどうするか解ってるようで、右の3人にウェイトを置く。
「由美ちゃん、可愛い声してるね。(笑)」
「ありがとうございます。」
「いや、上手いよ。マジで。」
「そんな事ないですって。(笑)」なんて声が聞こえてくる。
俺は1人で自分の酒を作りながら、こういう雰囲気を眺めてる時間が好きで放ったらかしにされても全く気にしない。
っていうか面白いもので、こんな時に色んなアイデアが浮かんできたりするもんだ。
今も藤田さんの顔を見て別府の事を思い出し、前は新幹線と特急で行ったのだが、大阪までバイクで行ってフェリーを使って別府へ行くのもいいなぁ。阿蘇山辺りを走ってみたり、宮崎の日南海岸を走って鹿児島方面へ行って、鹿児島からもフェリーで大阪へ戻れるので1週間位ツーリングの旅をしてみたいなぁ。なんて、ぼんやり考えてる。
九州と言えば、真由美に次は博多だって言ったけど、行きは飛行機で行って帰りは新幹線かな… なんて事も考えてる。
BOXに付いていた咲ちゃんが来て
「修二さん。藤田さんがチョッと来てくれないかって… 」
(嘘っ?)今日は議員ばかりで呼ばれないと思ってたのに…
「こんばんは。」
「おう、修二君。すまないね。まぁ、チョッと座ってくれよ。」
と言われ「お邪魔します。」と、議員さんグループの中に座らされる。
藤田さんが議員仲間に紹介する。
「この前のゴミ処理の所のお風呂の案。実はこの修二君のアイデアなんだよ。」
「ほぉ。この人の?あれはなかなか良い案で、皆もあそこの扱いを再検討すべきだとなったんだよ。(笑)」
「えっ!そうなんですか?」
「まぁ、あれもだし。ローカルバスの路線変更もそうだし。いつも良いアイデアやヒントをくれるんだよ。(笑)」
「なる程ね。藤田さんには良いブレーンがいるって訳だ。」
「いやいや、ブレーンだなんて。僕はただ思ったままに意見を言わせて貰ってるだけですよ。(笑)」
「我々は、そういった意見や案を拾い上げて色々な問題や構想に繋げていくのが仕事なんだから、検討させて貰える意見が頂けるってのはありがたい事なんだよ。」なんて言われる。
議員の1人が笑いながら、「藤田さんのブレーンを試す訳じゃないけどさ、修二君だっけ?」
「はい。」
「今度、インターチェンジの近くに工業団地が出来るのは知ってるかい?」
「あぁ、元々はバブルの時に遊園地だかにしようとして頓挫して空いてた土地の利用が決まったんですよね。」
「そう。区画の3分の2は、もう入る企業も決まったんだけどね。何でもイイから、君なりの意見ってあるかい?」
「えっ、誘致のですか?」
「いや、何でも構わないんだよ。」
「チョッと待って下さいよ。」(と、何かないかと考える。)
何故か、みんな興味深げに俺を見る。
「工業団地ですよね。」
「そうだよ。」
「これは、どんな企業が来るとか知らずに言わせてもらうんですが、1つの会社が出しても、幾つかの会社が出し合ってもイイんですが、その工業団地の中か近くに保育施設って作れないかと思うんです。」
「保育施設?」
「そうです。今よく言われてる問題の1つが保育施設の不足なんですけど、それを作れば工業団地に働きに来てくれるパートさんなんかの確保が出来ると思うんです。まぁ、社員さんでもイイんですけど、出勤時に預けて、帰宅時に迎えに寄れる。そうすれば通園バスなんてのも要らない。何か問題があれば直ぐに駆けつけられる。残業なんかの時の延長保育だって、自分の会社が関係してるならその分の補助か割引くらい出来るだろうし、保育所の食事も社食の関連で出来るだろうし。何より、そこの保育所に子供を預けるなら最低でも1年とか2年はパートさんとかを確保しとける訳だし。まぁ、僕は保育所の時間とかを知らないんで適当な事を言ってるだけなんですが、何にせよ会社にも親にもイイようになるとは思うんですよね。」
一瞬、皆が黙る。 すると1人が「ほぉ!待機児童問題か。こりゃ、藤田さん良いブレーンを持ってるわ。(笑)」
別の議員が「君、凄いね。今チョッと考えただけで保育施設の不足と働き手の確保。にそれに関わるバスとか食事まで… 」
「いや、ホント適当ですよ。(笑)」
「適当でそれだけ考えられるのが凄いよ。(笑)」
「そうですかね?」
咲ちゃんが言う。「給料の一部が保育料として自社の関連する所へ還元されてくるんですもんね。」
「そういう部分もあるのか?なる程ね。いや、もう誘致がある程度決まったから、今からは難しいだろうけど。もし今度そういった工業団地を整備する時は、そういう保育施設を作ったり、企業がそれに出資するのも1案に入れて貰えればパートなんかの確保が出来る訳だし、会社にも働き手にも願ったりかなったりで、良い意見だと思うよ。」
なんて言われて「いやぁ、試すような事してゴメンね。藤田さんの陰にはこんな良いアドバイザーが居るなんてズルいね。(笑)」
と、藤田さんが持ち上げられる。
「ゴメンね。せっかく楽しんでる所を邪魔しちゃって。ありがとうね。」と、解放された。
カウンターへ戻ると由美が声をかけてくる。
「おかえりなさい。また何か聞かれたんですか?」
「いや、挨拶して笑い者にされただけだよ。(笑)」
「お疲れ様でした。(笑)ハイ、口を開けて下さい。」
「何で?」
「イイですから。」一応、口を開けるとイキなりチョコを放り込まれる。
「何?」
「バレンタインですから。(笑)」
「チャームかよ。」
「冗談です。♡(笑)」なんてフザケながら飲んでいる。
2人組が時間なのか次に行くのかチェックをして店を出るようだ。
由美が見送りに出る。手元には小さな紙袋が2つ。加奈がバレンタインなのでお客に手渡すように準備してるようだ。
お盆の頃には浴衣。クリスマスにはサンタとかの衣装なんかもやってるし、元々加奈がこういう企画するの好きだもんな。
体育の日にブルマでもやったら客が寄って来るかもな… なんて馬鹿な事を考えたりする。(笑)
バレンタインなんかも子供の頃はホントに好きな相手にしか渡してなかったのに、いつの間にやら義理チョコなんてのが流行り出して今では売上の多くを占めてるし、最近では節分に関西でしかやってなかった太巻きなんてのが全国でやり出してるし、ハロウィンなんて外国の祭りまで取り入れて子供たちに仮装行列させてる所なんかもあるし、日本人ってホント流行りものに乗っかりやすいよな。
まぁ、俺も若い頃はディスコに行ったりとかスキーに行ったりとか、今もマリンジェットに乗ったりしてるもんな。(笑)
と、考えてると由美が戻ってきた。
「何、今日はチョコレート渡してるの?」
「ママがバレンタインデーまでの企画ですって。」
「やっぱりな。好きだもんな、こういう企画するの。(笑)」
「そうなんですか?」
「クリスマスの時はサンタの衣装だったろ。お盆は浴衣だし。チャイナ服の時もあるぞ。」
「でも、楽しいからイイじゃないですか。(笑)」
「じゃぁ、体育の日はブルマでも穿くか?(笑)」
「もう、ヤラしいんだから。」
「えっ、やさしい?」
「ヤ・ラ・し・いです。(笑)」
「そりゃ、俺はヤラしいけどさ。ミニスカのサンタやスリットの入ったチャイナは喜んで着るのに、ブルマは駄目なの?」
って聞くと、隣の客が笑って「確かに。」って相槌を入れてくれる。
「もう。2人ともエッチなんだから(笑)」
と、少しして客が減ったタイミングでまたチェンジのようで加奈と由美が藤田さん達のBOXへ付き、カウンターに女の子2人と咲ちゃんが入る。
咲ちゃんが言う。
「修二さん、さっきの保育所の話。」
「あぁ、笑っちゃうよな。自分でも思うもん。よくあれだけ口から出まかせで言えるもんだって。(笑)」
「口から出まかせって、皆さん驚いてましたよ。ありゃ、何者だい?って。(笑)」
「バカ者ですって言っといてくれた?(笑)」
「いいえ。クセ者ですって言っておきました。(笑)」 と、お隣さんが帰るようで咲ちゃんが見送りに出る。
「修二さん。気付いてました?」って、咲ちゃんが聞いてくる。
「何が?」
「クローゼットのハンガーが変わったんですよ。(笑)」
「そんな細かいことまで知らないよ。(笑)」
「褒めてあげて下さいよ。実は由美ちゃんの案なんですよ。(笑)」
「ハンガー変えたのが?」
「そうなんです。前は全部同じハンガーで適当に掛けて、お客さんが帰られる時に何色とかどんなの?って聞いたりしてゴチャゴチャしてたんですけど、由美ちゃんがBOX毎とカウンターに色分けして、カウンターのハンガーには番号打っておいたら、帰られる時にサッと出せるんじゃないですか… って。(笑)」
「なる程ね。BOXの客は纏めて出したらイイだけだし、カウンターも椅子の順に番号ふっときゃ出しやすいし。スマートっていやぁ、スマートだな。」
「流石、お弟子さんです。(笑)」
「いや、さっきもな。今日なんかはバレンタインでチョコを渡してるだろ。」
「そうですね。」
「で、サンタだチャイナだ浴衣だってイベント企画で衣装着たりするじゃん。」
「はい。」
「だから、体育の日にブルマでも穿けば?って笑ってたんだけどな。」
「それは修二さんの願望です。(笑)」
「まぁ、無きにしも非ずだけどさ。(笑) それもだけどな… 」
「何ですか?」
「今日なんか帰る客にチョコを渡してるじゃん。」
「ママのサービスです。(笑)」
「あれもな。ただチョコを渡してるだけじゃなく、チョッとした手書きのメッセージカードでも忍ばせておいたら、印象が随分と変わってくると思うんだけどな。(笑)」
「特別感ってやつですか?」
「そうだな。」
「良いですね。後でママに言っときます。♡」
暫くして藤田さん達が出るようで、加奈と由美が見送りに出る。肩をポンと叩いて「ありがとうな。」って、声をかけて行く。
他の議員さんも「ありがとうね。」と出て行った。
戻ってくるなり加奈が話しかけてくる。
「待機児童の話しなんてしてたのね。(笑)」
「だってさ、唐突に聞かれて何か無いかな?って考えたら、子供を保育所に預けられないから仕事に出れない主婦がいるってのを思い出して、工業団地とくっつけただけさ。(笑)」
「皆さんがね。企業に金を出させて私立で作れば、給料の一部が保育料として戻ってくるって考え方が面白いって言ってたわよ。」
と、咲ちゃんが加奈に耳打ちする。
「そういう事はもっと早く言ってよね。(笑)」
「何が?」
「カードよ。」
「それ位は自分で考えろよ。俺はブルマかと思ったのに。」
「何。ブルマって?」って笑っていた。
少し店も落ち着いてきて、亜美ちゃんって子が付きにきた。
「いつもありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。(笑)」なんてフザける。
「修二さん。由美ちゃんって凄いですね。」
「何で?」
「だって、水商売って初めてなんですよね。」
「みたいだね。」
「ヘルプで入ってくれたのが11月頃だったでしょ。それで、まだ4、5回目なのにお喋りは出来るし、エッチなお客をあしらうのも上手いし、歌も上手だし… 」
「いやいや、まだまだだろ。(笑)」
「修二さんとこの会社の子なんですよね。」
「だね。」
「入って欲しいなぁ。」
「何で?」
「だって、まだ少ししかお喋りしたことないですけど、楽しいですもん。(笑)」
「ありゃ、天然だからね。(笑)」
「天然なフリだけで、しっかりしてますよ。(笑)」
「何処が?」
「私なんか言われた事をやってるだけなんですけど。由美ちゃんは周り見て気になる事があったら直ぐ動いてくれるし、自分が動けないならチーフにフォロー入れて貰ったりして、それでいて天然な素振りでチョッとヌケてるようなフリして、お客さんウケも良いし。」
「そんなに褒めたら調子に乗るよ。(笑)」
「乗るって言えば、バイクにも乗れるし、ミッション車にも乗れるって言ってましたね。」
「男にも乗るし。(笑)」
「それは知りませんけど。(笑)」
「そう言いながらも亜美ちゃんもしっかり見てるじゃん。」
「何処がですか?」
「だって、由美のことをそれだけ見てるって事は、ちゃんと仕事しながら周りの様子をちゃんと見てる証拠じゃない。(笑)」
「そんな事はないですよ。」
「あるある。(笑)」
そこへ加奈がまた来て「修ちゃん、もう聞いた?」
「何を?」
「クローゼットのハンガー変えたの。」
「あぁ、咲ちゃんから聞いたよ。由美の考えらしいな。」
「チョッと変えただけで使い勝手よくなったわよ。(笑)」
「良かったじゃん。」 なんて喋ってると、1時も過ぎ、また少し客が入りだしてきた。加奈が聞いてくる。
「修ちゃん、今日ラストまで居る?」
「あぁ。帰れってなら帰るけど、何で?」
「今日も3人送りだから、大丈夫なら由美ちゃんお願いしようかなって。」
「あぁ。帰りの車か、大丈夫だよ。」
「じゃぁ、お願いね。」
「ハイハイ。」
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