年が明け、1月も後半。俺は東京にいる。目の前には武道館。そう、今日はLIVEを観るためにやって来たのだ。
いつも東京へ来ると秋葉原へ向かい電機屋街をウロつき、何か目新しいモノはないかと散策して、お昼に神田で見つけたもんじゃ焼き屋さんへ寄り、武道館へ向かうのが定番なのだが、今日はチョッと違う。
俺が先ず足を向けることのない原宿。(代々木へ向かうのに駅は利用するが)
そこから渋谷でお昼をして、六本木でお茶。そして武道館って具合だ。
そう、隣には真由美がいる。俺の好きなアーティストの雰囲気を知ってみたいと言うので、一緒に来たのだ。
で、原宿、渋谷、六本木といった具合だ。
「師匠。何か凄いですね。」
「何が?」
「LIVE前から路上でこんなに盛り上がって… 」
「このワクワク感がイイんだよ。(笑)」
「ビデオでは観て来ましたけど、付いていけるかな?」
「大丈夫だよ。(笑)」なんて言いながら会場へ入る。
座席を探し騒然とする雰囲気、開演直前になり、それまで流れていた音楽が定番の曲に変わり音量が上がる。
すると皆が一斉に拳を振り上げ声をあげる。
「師匠!」
「ん?」
「な・な・な・何か凄いですね。(驚)」
「だろ。真由美、悪いけど放ったらかしにするからな。(笑)」
「エ、エェ… 」
もう、俺は自分の世界に入る。
開演すると、途端にボルテージは最高潮。何気なく横を見ると、真由美も自然と拳を振り上げ声をあげ、名前を叫んでいた。
2時間半近くのステージが終わり、会場を出ようかと真由美を見ると座席に座り呆然としている。
「真由美、行くぞ。」
「はっ、はいっ!」 我に返り立ち上がる。逸れないように俺の腕にしがみつき歩く。駅も会場を出て来た観客で騒然としている。
「師匠、師匠。」
「ん?」
「最高でした!」 と、笑顔を見せる。
「そうか、そりゃ良かった。(笑)」
「もう、たまりません。(笑)私が好きだったアイドルなんかとは比べ物になりません。」
「そりゃ、アイドルさんが可哀そうだ。」
「どうしてですか?」
「可愛いファンが1人減ったんだもんな。(笑)」
「はい。可愛くはないけど、減りました。(笑い)」
「真由美。」
「はい。」
「お前は可愛いんだから、いちいち可愛くないなんて否定するな。これは師匠からの命令だぞ。」
「だって~ 」 そう話したりしながら新宿へ向かった。
新宿。真由美のリクエストで、眠らぬ街【歌舞伎町】を見てみたいと言うので連れて来た。
お昼の番組をやっているビルの前を通り、歌舞伎町へ…
「あっ、師匠。この看板見たことあります。(笑)」 歌舞伎町といえば直ぐに出てくるあの看板だ。
今日は週末ってのもあり人で溢れかえってる。
店を探す酔い客、カラオケ屋や飲み屋の呼び込み、オジさんに声を掛ける風俗系の女性、女性に声をかけるホストの兄ちゃん…
「テレビで見るのよりも賑やかですね。(笑)」
「まぁ、今日は週末ってのもあるからな。」
「真由美、飯は居酒屋でイイか?」
「はい。」
何処もいっぱいで、適当に店を覗きながらカウンターなら直ぐに座れそうな店があったので入る。
小声で「冷凍モノばっかで、あまり美味いものないけど、取敢えず腹に入れとこう。(笑)」
「は~い。」
一杯目は生中。2人でジョッキを鳴らす。適当につまめるモノを注文する。
「師匠。それにしても凄かったですね。私、ハマっちゃいそうです。(笑)」
「どんな所が?」
「いやぁ、もう入る前からの雰囲気もですし、あの始まった瞬間からの一体感とか、あれは惹きつけられます。♡」
「また行くか?」
「ハイ。是非お願いします。」なんて喋りながら店を出る。
「飲みに行くか?」
「はい。♡」
「じゃぁ、チョッと歩くぞ。」と、歌舞伎町を抜け出す。
向かった先は東京へ来るといつも寄ってしまう 【新宿ゴールデン街】
20歳頃から来てるのだが、あの小さな箱にノスタルジックな雰囲気が堪らなくイイのだ。
「へぇ~、こんな所あるんだ。」
「こんな感じはあまり好みじゃ無いかな?」
「いえ、全然。何か、昭和レトロって感じですね。」
小路を少し入った所にある1件の店に顔を出す。
「あら、久しぶり!また今日はLIVEだったの?」と60代半ばであろうママさんが声をかけてくれる。
(1年に4、5回しか来ないのにLIVEに来たら寄るってのをしっかり覚えててくれる。)
「ママ、久しぶり、そうなんだよ。」7,8人程がギュウギュウに座れば満席のカウンターと4人掛けのテーブルが2つの店だ。
「ゴメンね。今イッパイなのよ。向こう聞いてみるからチョッと待ってて。」 と、電話をかけてくれる。
「オッケー、2人なら座れるって。この先の紫の看板ね。」と、客が多い時は仲間ウチの店で空いた所を探してくれる。
(まぁ、せっかくの客が他の店に流れるよりも仲間で捕まえておきたいってのもあるのだろう。)
教えられた店へ向かい、「スミマセン。今ママさんに紹介して… 」
「あっ!お2人さんね。狭いけどコッチへどうぞ。」と、カウンターの端に座る。
俺はバーボンの水割り、真由美はチューハイで乾杯。
何にせよ今日は客が多い。店の前の小路も入れる所を探してる客が右往左往している。
「凄い人ですね。」
「そうだな。」
「外国人なんかも多いですし、何か面白い雰囲気ですね。」
と、ママさんが「ゴメンね、バタバタしてて。」 と、忙しいのに気にしてくれる。
「師匠は銀座とかって、綺麗なお姉さんのいる店とかは行かないんですか?」
「そりゃ、綺麗なお姉さん… いや、俺はどっちかって言うと可愛らしい方が好きかな… まぁ、いいや。銀座とかも行った事はあるけど、どうもあのクラブとかラウンジとかの雰囲気が馴染めないって言うか、苦手と言うか、やっぱりスナックとかパブみたいな所の方が好きだし、このゴチャゴチャした雰囲気なんかも好きなんだよな。(笑) 銀座、行ってみる?」
「いいえ、そんな高そうな所。」
「値段なんかは関係ないよ。」
「私もこういう雰囲気の方が好きです。(笑)」
「まぁ、今日は賑やか過ぎるけどな。(笑)」
「でも、師匠。ママが言ってたように向こうの歌舞伎町やココとか銀座もあるし、もし裏稼業がこんな大きな街でやれてたら凄い額になりますね。」
「そりゃ、そうなんだけどな。俺ではどうしても仕入れに限界が来るの。」
「でも、私思うんですけど。仕入れられるだけで商売して、後は品切れでもイイんじゃ無いですか?」
「うん。俺も最初はそう思ってたんだよ。だけどな、そうなるとどうしても買える客が偏ってくる。そうなると妬みが出てきて横やりが入る。妬まれたり横やりを入れられるくらいなら、通常の煙草でイイやって風になってしまうんだよ。」
「そうかぁ、難しいんですね。」
「だから、「F」で煙草を買ってくれるお店の人には、仕入れてるのがウチだと客には教えないようにと言うのが約束なんだ。」
「どうしてですか?」
「「F」に行けば、必ず安い煙草があり、纏め買いも出来るとなると、お客さんが偏るだろ?すると… 」
「妬まれる。」
「それに、こちらも品薄になりお店へ卸せる数が足りなくなる可能性もある。だからお互いに自分たちを守るためにもそうしましょうって言ってるんだ。」
「そのリスクを想定して自分の儲けを抑えるってのが師匠の凄いところなんですよ。」
「だから、前に加奈が言ったろ。「十分が… 」って。(笑)」
ママが来て、「お2人さんはご夫婦?恋人?」って聞いて来る。
「師弟なんです。」って、真由美が笑いながら答える。
「彼女が師匠で、俺が弟子ね。(笑)」って言うと、すかさず「いえいえ、逆です、逆。」ってツッコミが入る。
「えっ、落語家さん?(笑)」って、ママがボケる。
「難しいんですけど、視野を広げると言うか、モノの考え方とか何て言うのかな… 」
「遊びのって事で。(笑)」
「遊び?どんな?」 って聞いて来る。
「今日は武道館へ行って来たんっすよ。(笑)」
「あっ!LIVEね。さっきも行って来たってお客さんが来ててくれたのよ。一緒だったら盛り上がれたのにね。残念だわ。」
「で、東京へ来るといつもアチラの店へ顔を出させて貰ってるんですよ。」
「そうなの?じゃぁ、ウチも覚えてよね。お姉さん(向こうのママ)はもう老い先短いし。(笑)」
なんて冗談を言いながら、また別の客の所へ行く。(ママと女の子1人で、てんやわんやだ。)
「師匠。」
「ん?」
「師匠がもし、この辺りでお店をするとしたらどんなお店を出しますか?」
「おっ!何だ、いきなり。何か思ったことでもあるのか?」
「いえ、何となく聞いてみようかなぁって… 」
「真由美ならどうする?1店舗が何処とも大体同じこの大きさだ。」
「そうですね。私もこういう小じんまりしたスナックか、この辺りは御飯系がなさそうですので、ラーメン屋さんとか… 」
「なる程ね。ラーメンか。」
「師匠なら?」
「俺か。俺なら… そうだな。大阪にある串カツ屋さんなんかどうかなって思うな。」
「串カツ屋さん?」
「そう。立ち飲み形式で、小腹の減った人や店の空き待ちなんかの人がチョコッと寄って、串を軽くつまんで、お酒一杯二杯で油を流して千円程度ならどうだろうな?立ち飲みだし、回転率もそこそこあるだろうし… って感じかな?」
「やっぱり… 」
「何が?」
「早いです。私は同じような飲み屋さんか、御飯系が無いなって思ってラーメン屋なんて言っただけなのに、師匠はもう値段設定や回転率まで考えて、しかもこの辺りには無い串カツなんて出てくるんですもん。」
「いや、真由美のラーメン屋がヒントなんだよ。最初は回転率を考えて立ち飲みかなって思ったんだよ。でも、ラーメンって聞いて、立ち食いなら蕎麦か… でも、蕎麦で酒を飲む人は少ないし… で、大阪で串カツ屋に行ったな。って思い出して、1本が100円の品揃えにしておいて、酒が1杯300円としたら、小腹の減った人なら串を6,7本と酒1杯。軽くなら串を3、4本と酒2杯で千円程度ならどうだろうな、千円丁度か釣りも100円で済むし。って思ったのさ。(笑)」
「ほら。」
「何が?」
「だって、ラーメン屋がヒントになったかも知れませんが、そこから、蕎麦にいって串カツにいって、値段設定もしっかり計算して、しかも支払いも時間がかからないように考えてる。それが直ぐに出てくるってのが凄いんですよ。(笑)最初に回転率なんて考えてるし。」
「あっ!回転と言えば、回転寿司なんかもアリかもな。」
「えぇ~っ、チョッと狭くないですか?」
「真由美は知らないか。回転寿司は最初、これ位の店で始まったんだぞ。」
「へぇ~、そうなんですか?」
「それが、今では一大産業になってるんだから大したもんだよ。(笑)」
(まさかゴールデン街に真由美の言ってたラーメン屋が出来て大流行りしたり、大阪方式の串カツがアチコチに出来るなんて、この時は思いもしてなかったけど…)
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