めくるめく官能世界に程遠く
「ただいまー」
「おかえりなさい、で、どうでしたの」
「まいさん、殊の外よろこんでいましたよ、お姉さんにもくれぐれも宜しく伝えてほし
いって」
「そう、それはよかったわ、今日のあなた、いつもよりもっと優しいお顔をしていらし
てよ」
「ホテルの浴槽でふやけたからかな」
「うふ、お麩みたい」
「はは」
「あなたの妻になれて、私、本当によかったわ。今日ね、弁護士さんから離婚調停の合
意内容が届きました、あともう少しで、晴れてあなたの真新しい戸籍に妻と書かれるん
だわ、うれしくてうれしくて、もう涙が出てきちゃいそうよ、こんな私を選んで下さっ
て、私、あなたに何て言えばいいの」
まゆの頬を伝わるうれし涙と瞳がキラキラ輝いていた。
「まゆさん、今日まで独りでよくがんばりましたね、途中、えらく手間の掛かる荷物を
連れて、さぞや重かったでしょうけれど、本番はこれからです、ふつつか者ですけれど、
どうぞ宜しくお願いします」
「あはは、ふつつか者だなんて、あなたは大切な旦那さまよ、おかしいわ」
「そうかな、はは」
とうとう、彼女に渡す時がやってきた。
「まゆさん、これ」
「えっ、何でしょう、えっ、これって、通帳」
「うん、母が遺してくれた分を新た通帳にしたものですよ」
「えっ、えー、ええー、こんなに」
「それを管理するのは僕じゃない、女城守まゆさん、貴女です、もっとも、最後の項目
でほんの少し減っているけれど、それは足りなかった婚約指輪代の補填分」
「・・・・」
彼女はテーブルに顔をうつ伏し、嗚咽を超え、涸れるまで涙を流し続け、もう言葉にな
らなかった。
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