めくるめく官能世界に程遠く
「未亡人が寮を出たって」
「そう、お父さまは」
「実家からの通勤に戻った」
「結局、お父さまと未亡人は男女の関係はなかったのね」
「いや、それは分からない」
「どういうこと」
「事の発端は、同業者から見積額が漏洩していると耳打ちされたことですよ、親父はそ
こで、未亡人には漏洩とは別の理由を付けて寮から早朝早出してみた。
すると機密漏洩がぴたりと止まった。
未亡人が取引先の元役員と知り合いなのは以前から周知の事実だけれど、元役員は定年
退職後、地方の故郷に帰ったので、この件に関わっていない。
けれど、未亡人のほうは取引先の元役員以外の人とも面識があり、接触を重ねるうちに
見積額を探らされる手伝いをさせられたようで、早朝の事務所を掃除しながら、キャビ
ネット内の積算資料の断片をコピーして渡していた。
断片だからそれがそのまま見積額になる訳ではないのだけれど、業務に明るい者が見れ
ば大凡の見当はつく。
見方を変えれば、未亡人は男どものどす黒い生きざまに引き込まれた可哀そうな老年女
性ともいえ、世話になっている会社に居ずらくなって自分から寮を出た。
と、まあ、概要はそうだけれも、親父が未亡人の部屋に出入りした本当の理由は分から
ない、口の堅い親父が喋ることもないから、男女の関係があったかどうかは闇の中ですよ」
「へえー、お母さまが未亡人のひととなりを以前から見抜かれていたともいえるわね、
女性に甘いお父さまが、お母さまにお優しくしてあげられなかったのはとても悲しいわ」
「出来損ないの僕よりも、まゆさんのほうがよっぽど母さんの娘らしいよ」
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