めくるめく官能世界に程遠く
「親父から振り込みがあったよ」
「何のお金ですの」
「返済不要の当座の生活資金、まゆさんに惨めな思いをさせるな、だって」
「頂けないわ、そのお金、私はあなたと一緒にいるだけで十分なんです」
「おそらく、親父、母への罪滅ぼしなんだと思う」
「えっ」
「むかし、事業が赤字続きで、にっちもさっちも行かなかった時があってね、
母が管理していた土地に銀行の抵当権を設定したことがあったんですよ。
親父には兄弟も数人いるし、親父の実家からも借りようと思えば借りられたのに、親父
は頭を下げたくないばかりに、母に無断で抵当権を設定した。
まあ、そこまでなら、母も或いは許せたのかもしれないけれど、
母が『ここは私達家族の土地です』と言った途端、親父が怒って『稼いだのは俺だ、文
句を言うな』と言って母を殴りつけた。
親にも叩かれたことのない母は、悔しさをじっと耐え、母の実家や母方の親戚中を駆け
ずり回って、借金をして抵当権を抹消させ、事業を軌道に乗せる下地を作った。
けれど、親父はそんな母の懸命さをもよくは思わず、決して礼も謝罪も口にしなかった。
母が亡くなって初めて、親父は、自分を支えていたのが、銀行でも、父方の親戚でもな
く、どんなときも傍にいてくれた母であったことを身に染みて実感したのです。
親父にとり、まゆさんは、遅きに失した、妻への罪滅ぼしの代わり身なんだと思う」
話を聞いて、まゆみの目から涙が零れ落ちた。
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