第10章 - アダージョ
かおりにピアノを弾かせるのは楽しみだった。幼稚園の教諭だからそれなりには弾けることを想像していたが、自身が幼稚園児の時に習い始め高校生まで続けたということは、10年以上は真剣に練習していたということだ。
モールの中の楽器屋を見付けるのは容易だった。子どものために、あるいは子ども自身が弾いているであろうテンポの遅い『猫踏んじゃった』と子どもの笑い声が聴こえてくる方向を目指すだけだった。
ピアノを弾いているのは子どもだった。母親や兄弟と笑いながらピアノを弾く姿は微笑ましく、まさに音を楽しむ『音楽』そのものだった。そんな姿に、かおりも優しい微笑みを見せたと思うと、隣に展示されているピアノの鍵盤を叩き始める。
速くなったり、遅くなったりする子どものテンポに合わせながら『猫踏んじゃった』の連弾が始まった。初めは驚いた幼いピアニストであったが、かおりの意図を察知すると自分のペースで引き続けた。おそらくピアノ教室の先生も同じように連弾してくれるのだろう。
娘の嬉しそうな姿に母親は目を細め、かおりに会釈した。かおりも幼いピアニストに向けていた優しい表情そのままで会釈を返した。
親子連れが礼を言って立ち去ると、かおりは約束通り『G線上のアリア』を弾き始める。楽譜なしにスムーズに弾けるのは、本当に好きな楽曲なのか練習により身体が自然に反応しているのだろうか?
鍵盤を舞う指先を見つめながら、かおりの背後に立ち身体を押し付ける。周辺の様子を伺うと店舗の外には人の流れは見えるものの、楽器屋への導線は無いようだ。
かおりの肩に右手を置き、左手で耳を愛撫する。ピアノを弾きながらも、くすぐったそうに左肩をすぼめると、その瞬間に少し広がったワンピースの隙間から手を忍び込ませる。ブラをしていない乳房や乳首の感触が手のひらに伝わる。
右肩に置いた手を、かおりの右耳に移動させると耳全体を包み込むように愛撫するように優しく愛撫する。左の胸が感じるのか、耳が感じるのか、それとも自身の演奏に酔っているのか頭を仰け反らせる。
耳の穴の周りを親指でなぞりながら、伸ばした中指と薬指で唇を開かせる。二本の指を唇になぞらえてキスするかのように。。。。やがて親指は耳から離れ、ひとつの塊となった中指と薬指は口の中に消える。ついさっき階段の踊り場で味わった絡み付くような感触を味わう。今は分身では無く、指先で。
やがてかおりが奏でるメロディは、『G線上のアリア』から知らない曲に変わっていた。これがさっきかおりが言っていた『なんとかと言う練習曲』なのだろうか?
指先に絡み付く舌の動きが激しくなるに連れて、かおりのピアノ演奏も激しくなる気がした。電子ピアノだからボリュームコントロールが出来ているが、本物のピアノだと相当な音量で即席リサイタルよろしく観客を集めてしまうかも知れない。
曲調が変わったと思ったら聞き覚えのある旋律が聴こえ始めた。確か、『トッカータ』だったか、『フーガ』だったはずだ。そう思ったが、後でかおりに確かめると『アダージョ』だったらしい。。。。本来はオルガン曲としての楽曲をピアノ用にアレンジされたものだそうだが、甘美な旋律に聴こえたのはピアニストがエクスタシーを感じながら弾いていたからだろうか?
※元投稿はこちら >>