「どうぞ」
城太郎に促されて、琥珀は部屋へと入った。
本館の客室とは格が違う。よく手入れされた庭園に面して、一面ガラスのまどが印象的な部屋だった。
琥珀はキョロキョロと辺りを探る。
「父さんなら、いないよ。」
察して、城太郎が言う。
「お散歩とか?」
「いや、別の部屋を取ってる。愛人と来てるんだ。この箱根旅行に。俺はそのカモフラージュ。」
突然の告白に、琥珀の頭はついていかない。
呆然とする琥珀をよそに、城太郎は続ける。
「父親一人で一週間も旅行に行ったら母親が怪しむだろ?だから俺を連れていくの。毎年、毎年。」
「なんで…」
「なんで、だろうね。なんでこんな裏切りの手伝いなんかをするんだろうな。
俺もよくわからないんだ。
ただ、父さんが、喜ぶから」
「でも、でもお母さんは?お母さん、かわいそうだよ…」
「いいんだ、別に。本当の母親じゃないし。」
そう言って城太郎は目を反らした。
その横顔は悲しそうで、辛そうで、いっそう美しかった。
琥珀はそばに寄って両腕で城太郎を抱き締めたい衝動にかられた。
こんな気持ちが自分の中から沸き出してくることが、とても不思議だった。
静寂を切り裂いたのは、琥珀の携帯の着信音。
「こはくぅー?どこ行ってるの、もう夕御飯だよ。早く大広間、来て!」
母親をなんとかなだめて、携帯を切る。
「城太郎君、ごめん、ご飯の時間で
私、もう行くね」
うつむいたままの城太郎に声を掛けて、立ち去ろうとする琥珀の腕を、城太郎が掴んだ。
大きな瞳が懇願するように琥珀を見上げる。
「待って。もう少し、ここにいて…」
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