琥珀と城太郎は小さな池のほとりを歩いていた。
ちょっと外を歩こうか。
城太郎にそう言われて、二人は離れの部屋を出た。
躰の奥がまだズキズキと痛が、城太郎に手を引かれて歩くのは、幸せだった。
夜風が心地いい。
藍色をした空は、夜明けが近いことを告げていた。
夏の虫が鳴いている。
蜩が早朝にも鳴くのだと、琥珀は初めて知った。
「父さんと死んだ母さん、本当に仲が良かったんだ。俺は本当に、両親が大好きだった。」
唐突に、城太郎が言う。
振り向かないから、どんな表情をしているのかわからない。
「母さんが死んで、父さんは変わった。おかしくなった。
教授なんだけどさ、父さん。
研究室の学生を次々愛人にして。
ほとんど、俺と年も変わらないような女と不倫してる。」
琥珀は何も言えない。
言わない代わりに、繋いだ手を強く握り返した。
「それでも、俺は父さんを嫌いになれなくて、笑って欲しいから、こんなことしてる。
今の母さんが、やな奴だったら良かったんだ。
だったら、こんなに苦しくなかったんだ。
ほんとにいい人なんだ。
すごい、俺のことも考えてくれて、よくしてくれて」
「…城太郎くん」
城太郎は泣いているようだった。
琥珀はそっと、城太郎を抱き締める。
「死のうと思ったんだ。昨日、一人で。
そしたら、君が来た。
あんな真夜中に。
すごく驚いたんだ。
待っていたから。ずっと待っていたから。
迎えに来てくれたんだよね?―――母さん」
「えっ…?」
何を言っているのだろう?
聞き返す間もなく、城太郎の大きな両手が琥珀の首筋に当てられて、そして力が込められる。
「やめて…っ城太郎く…っやめてっ」
城太郎は涙で濡れた瞳をきつく閉じて、全身の力を両手にかけた。
琥珀の、意識が、遠退いてゆく。
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