シートに座る男性はひとり興奮を抑えながら、何やら女性の口が動いていることに注目する。
………まめ……まめ……まめ……
この状況で「まめ」と要領を得ない言葉を呟いているように見えて、その意味を考えた。頭に浮かんだ事柄を照らし合わせては消し、どうにも解せないことばかり。そして男性は気付いた。女性の唇の動きは「まめ」ではなく「駄目」だということに。
あまりに唇の動きが小さくて気付きにくかったけれど、駄目という言葉なら辻褄が合う。後ろの誰かに腰を引き寄せられているのか、それとも立っていられないほど感じてしまっているのか。女性の上半身がやや前傾になり、助けを求めるように目が泳ぎ始めた。
そして不意に女性と視線が交錯する。通り過ぎた女性の視線が自分に戻り、ほんの数秒間、時が止まったように感じられた。自分に興味を持たれていることに気付いた女性は、慌てて視線を外す。
伏せた目を上に向けたり、車窓の外やあらぬ方向に向けていたが、誤魔化しかたが苦しい。潤んだ目を必死に見開き平静を装って見せていても、やや引けた腰の位置がいかにも不自然であり、しかもよく見れば前後にゆらゆらと揺れているではないか、
後ろから打ち込まれていることは、容易に想像がつく。しばらく彷徨わせていた視線を動かし始めた女性は、横に走らせるように座る自分を通り過ぎた。まだ自分に興味を抱いているかを、確認したのだ。でも失望したことだろう、しっかり目が合ったのだから。
あの目は、気付かれてしまっている……。
いつから気付かれていたの?自分はどんな顔をしていたの?一部始終を見られていたのだとしたら……。
そんな疑心暗鬼が咲を針のむしろに立たせ、まるで裸を見られるような恥ずかしさに体が燃えるようだった。逃げ出したくも逃げられず、正にいまこの瞬間にも後ろから突かれ続けている。中に長く留まらるペニスに注がれる快感は、羞恥の極地にいる咲を容赦なく追い詰めていく。
憔悴することも許されず、座り込みそうになる体も腰を掴まれることでささえられ、事実上の見せ物になる自分。精神的にも物理的にも逃避は望めず、躍動を続ける太い杭が自分の意思とは関係なく、咲を高みへと導こうとする………。
シートに座りながら見物する男性は女性が口元を手で押さえて何かに対して密かに、そして必死に耐える姿が堪らなかった。虚ろになる目が女性の苦悩を表し、快感と戦っていることを物語っている。
ただ期待していた女性が達するところまでを見届けることなく、下車しなければならなかったのが悔しくて堪らなかった……。
不意にペニスが抜かれ、咲の手に折り畳まれた小さな紙片を握らされて男性は人の波に紛れて電車を降りていった。
その男性は咲が思っていたよりずっと若く、咲のいちばん若い20代の部下と変わらない年頃に見えなかった。
咲は手の中の紙片を開くと連絡先が書かれた数字と文字を眺め、降りた最寄り駅のホームで立ち尽くすだけだった。
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