梅雨だというのに今年は雨の降らない中休みとでもいうのか、強いし日差しが降り注ぐ晴天の日が多い気がする。
時計を見るともう午前は10時過ぎ……。
休日なのに寝ているのにもついに飽きてしまって、雛形優子は気怠い身体をベッドから引き摺り出した。
これまでは休日の予定を考えて浮足立つ気持ちでいられたのに、半年が経っても予定のない休日に慣れない自分がいる。
8年にも渡った上司との不倫はいつまで経っても煮えきらない相手の態度に見切りをつけ、優子から別れを告げて幕を閉じていた。
職場の配置転換の要求もすんなり了承され、今では会社で顔を合わせても気づかないふり……。
相手は未練を精一杯の痩せ我慢を見せているけれど、優子に散々甘い言葉を投げかけていたのも繋ぎ止めるための手段でしかなかった。
結局は家庭を選んだ男にはもう、興味はない……。
そう強がって見なければ、やっていられない。
本気で惚れていたのだ、あの男に……。
あのまま関係を続ければ、家庭を不幸に導くことになる。
彼が本気で家族を捨ててくれるなら優子はどこまでもついて行くつもりだったのに、彼にはその勇気がなかったのだ。
だから、優子から身を引いたのだ。
本気で惚れた男が苦しむ姿を、見たくなかったから……。
有給を使ってひとり傷心旅行にもいったけれど、傷ついた気持ちは少しも晴れることはないと知って、諦めた。
35歳になって新たな恋を求める勇気は、まだ持てそうにない。
モヤモヤした気持ちをシャワーで洗い流し、かつての恋人に見せることのなかった一部シースルーのレース模様が素敵な、フランス製の下着の上下を手に取ってみる。
鏡の前に立ち無意識に身体のチェックをする癖の抜けない自分に、力なく苦笑してしまう。
まだまだ捨てたものではないと贅肉の無い身体を見詰めて、寂しさが込み上げる。
彼のために節制をしてヨガで身体を整え、ジムでプロポーションを維持してきたのだ。
ジム通いもやめて半年も経つのに、20代と変わらない代謝の良さを手に入れた効果はまだ続いているらしい。
数日もすればあの、鬱陶しい生理期間に入る。
女ならば誰もが分かる粘度のあるおりものが分泌されるようになり、身体がその準備に入ったことを告げていた。
ただでさえ独り身が堪えるのに、バスルームで自らの身体に触れる感覚が、いつもと違うと自覚するのもこの時期である。
身体を洗うとき、泡を洗い流すとき、バスタオルで身体を拭くとき、下着を身に着けるとき……。
ベッドにひとり入ったときに、異性の肌が恋しいと身体が訴えてくる。
意識していなくてもいつものようにブラジャーを身に着けるだけでも、敏感になった乳首が鬱陶しい……。
薄手の白い襟なしブラウスにとても粗い編み込みのサマーニットを重ね着して、白い薄手で膝丈のスカートを合わせて優子は外に出た。
いつか行こうと思っていた植物園を散策し、緑と季節の花に癒やされると近くのカフェに寄り道して、何かお腹に入れたくてメニュー表からアイスコーヒーとサンドイッチを優子は選んだ。
注文を取りに来た若い男性スタッフが上目遣いが涼し気な優子に高鳴る心臓を堪え、その漂わせる色気に胸をドキドキさせていたことを、優子は知らない……。
会計を済ませてお店を出る優子を彼は見詰め、西に傾きかけた強い日差しに照らされる彼女を、違った意味でドキドキしながら見送らなければならなかった。
なぜならば優子の西日に照らされた優子の後ろ姿は、光の加減でスカートからショーツを透けさせていたのだから………。
斜め下から腰骨の横までラインが浮かび上がり、その形と透け具合から大人のセクシーさを見せつけられたようで、次の瞬間には白い色のスカート
に光りが乱反射してすっかり見えなくなった。
光の悪戯は彼に束の間の幻を見せ、その頭に焼き付いた残像を残して去り行く優子を見送っていた。
そういえばと、優子はあることを思い出す。
駅に向かいかけた足の踵を返し、デパートへ向かう。
そろそろノートパソコンを買い替えようと考えていたから、下見にと考えたのだ。
冷房の効いた店内で幾つかを物色し、目星をつけると自宅に値段と商品の検討をつけようと1度考えを持ち帰ようと思った。
たぶん、考えは変わらないとは思うけれど……。
帰り際に見た入口近くに、あるブースがあったことを思い出した。
以前に来たときは確か家庭用の血圧測定器を体験させる、そんなことが行われていた気がする。
今日は……と横目で見ながら通りかかると、何やらマッサージチェアを体験させているらしい。
メーカーの人らしい係員に優子は呼び止められ、やんわりと断わった。
けれども優子より幾つか歳上らしい係員の彼は、ちょっとだけ素敵だったのだ。
爽やかな笑顔で、彼は言った。
高額商品を購入して下さいとは言いませんよ……。
ただ私共の商品を知って頂きたくて、今日は皆さんに体験して頂いてます………。
ご購入をお考えならもちろんご相談させて頂きますが、そうじゃなくてもどうぞ1度体験なさっていかれませんか……?
それでもっとこういう機能があればとか、ご要望とかあればアンケート用紙にお願いします……。
私共は商品開発にそんな生の貴重なご意見が、とても参考になるんです………。
自信たっぷりに自社の商品をアピールする彼に、好感を覚えた優子は無料ならとブースに足を向けた。
幾つか背丈ほどのパーテーションで仕切られた中には先客がいるらしく、小声で説明する係員らしき女性の声が聞こえる。
その隣では同じく係員らしき男性の声が聞こえ、マーサージチェアの操作をあれこれと説明しているようだ。
優子は空いている一番奥に位置する所へと案内され、鎮座するマーサージチェアを見て一体どれほどの値段がするのかと思いながら、とても豪華そうな商品に身体を落ち着けた。
軽自動車が購入できてしまうのではなかろうか、恐らくはそのくらい高額なのだろう。
165センチはある身長の優子が足を伸ばしても余る長さがあり、普段は折り畳めると説明を受けて納得する。
幾つかある操作ボタンのひとつを彼が押すと背中や太腿の裏を、手揉みされるようなマーサージが開始される。
技術の進歩の凄さに優子は驚かされ、あまりにもの心地良さに眠くなりそうだった。
彼の説明も囁くような声で、次はこう、この次はこう……と、マーサージチェアの機能の凄さを体験させてくる。
頃合いをみているのかそのタイミングも絶妙なので、気を抜くと本当に寝てしまいそうになる。
あの実は……と、女性にはこういう機能もあるのだとさらに小声になって彼は説明を始めた。
足腰の筋肉の維持、鍛えるのが一筋縄にはいかないインナーマッスルの強化が期待出来るのだと、スイッチを切り替える。
座面に電極が埋め込まれているらしく、骨盤の奥深くが収縮をして、何より肛門と同時に膣も収縮するものだから跳び上がりそうになった。
係員の彼いわく産後の女性、年齢を重ねた女性の尿漏れ対策に対応した機能なのだと自信ありげな説明をしてくる。
まだ試作段階だから、体験者のアンケートが是非とも欲しいのだと………。
考えてみたら膣も筋肉なのだから、理にかなっている。
慣れてくると意識しなければ動かせない見えない場所が、収縮して鍛えられる感じが如実に分かってくる。
これならアンケートにもっと強弱を調節する機能をもたせるとか、色々と女性目線の要望を書きたくなってくる。
同時にある違和感を、優子は感じ始めていた。
膝が持ち上がりくの字になっている姿勢だからか、座面に接地する下半身に電気刺激派がそのまま伝わるので妙な気分になってくるのだ。
それは時間の経過と共に強くなり、優子は焦り始める気持ちを宥めなければならなかった。
下半身の刺激が、敏感なところまで伝わってくるのだから………。
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