ラテックス製の手袋の中で汗が滲んで、手との間に溜まる。
その慣れ親しんだ感覚の手で液体の入った試験管を、遠心分離機にかける。
白衣で武装した中野貴子は時の経つのも忘れて、研究者としてマスクとゴーグルの下で無表情を隠して時間を今日も消化していた。
貴子がこの仕事を選んだ理由は、ひとつのことに黙々と集中出来るからだった。
同僚たちはいるけれど仕事中は会話をすることも無いし、会話をすることはあっても必要最低限しか言葉を交わさなくて済む。
同僚……特に男性たちはかつて彼女に何があったのかは知らないけれど、貴子の変人ぶりにきっと男嫌いなのだろうと誰もが思っていた。
貴子が笑顔を見せる相手は同姓と決まっていて、それも極たまになのだから。
貴子は九州の出身で、早くに父をなくした貴子はその後に再婚した母の相手、義理の父とは反りが合わなかった。
稼ぎはあっても酒癖が悪く、高校生となった色白で美しく成長をした貴子を女として見ていた。
それまで懸命に貴子を育ててきた身体の弱い母はついに身体を壊し、矛先が義理の娘に向かうのもある意味で仕方がない面もあったのかもしれない。
だからといって、正当化できるものではない。
ある夜、貴子はその清純を汚されてしまった。
痛みと恐怖で身体は固まり、ひたすらその貫かれる激痛に耐えるしかなかった。
母親譲りの美貌と身体は獣を喜ばせ、その地獄は貴子が高校を卒業して家を飛び出すまで実に3年近くも続けられた。
貴子が沈黙を守っていた理由は、入院している母の為………。
その母も貴子の高校卒業を待たず、天国に旅立っていった。
あの獣はお通夜の夜も、貴子の身体を求めて襲ってきた。
着ているセーラー服を剥ぎ取り、あの日も貴子の身体中をいつものように唾液まみれにされたのだ。
いつでも逃げ出せる……。
その思いが貴子を冷静にさせ、されるがままにさせていればいづれ終わる。
どうせもう、汚れた身体なのだから………。
諦めの境地に立った貴子は、獣の舌に身を捩らせながらシーツを鷲掴みにしたのだ。
快感の中に没頭しなければ気が狂うか、母の後を追うしかなかっただろう。
母親譲りの、美貌と身体……。
特に身体の特徴は、あの獣によると酷似していたらしい。
成長期にある身体はCカップになりつつある乳房はお椀型を成し、尚も成長中だった。
ショーツを脱がされれば逆三角形を成した恥毛はすでに密林と化して生い茂り、獣はそこから姿を見せている一部分に視線が吸い寄せられた。
こんなところまで似なくても………。
その切ない想いを抱くほど亀裂した終着点から肌色の包皮が、通常の状態で隆起しているのだから男が目を奪われるのも当然だった。
生まれつきの内臓疾患があるわけではなく、陸上競技をしていたからといってステロイドを使用していたわけでもない。
母型の家系に伝わる稀有な遺伝は否応なく貴子にも継承され、クリトリスは小指の第一関節ほどの大きさを成していた。
それが包茎という形で、剛毛から姿を表しているのだ。
機能や感覚に問題はなく、性を知り尽くした年代の男にはそれが堪らなかった。
包皮の上から舌で丁寧に刺激を続けるだけで固く膨張するのが手に取るように分かり、まだ10代の貴子を虜にさせた。
吐き気がするほど嫌いな相手だろうと身体は正直に反応し、性技に長けた獣の舌は容赦がない。
包皮を剥けば濃いサーモンピンク色をした立派な亀頭が露出し、まるで子供の指をしゃぶるかのように獣は唇に挟んだ。
普通の女性なら5ミリ程度から1センチくらいしかないけれど、恐らく2センチ近い大きさ……。
大きくとも敏感さはそのままに痛みを感じさせないように、唇の裏の粘膜で慎重に摩擦を繰り返していく。
慣れてくると限りなく痛みに近い違和感は貴子を魅了する感覚を覚えさせ、唇に吸着させた獣がまるでフェラチオのように頭を小さく前後に動かせば、貴子は悶えるしか術はなかった。
自我を休眠させ、その気が狂わんばかりの快感に貴子は3年近くも酔わされてきた。
そして痛みを乗り越え、週に何度も貫かれ続けてきた身体は嫌でもその味を覚えさせられていた。
気持ちが腐っていくのと引き換えに感度が増していく身体は、ついにオーガズムを覚えた。
3年近くも玩具にされたのだから、当然なのかもしれない。
貴子は獣に気づかれないように入念に準備を重ね、卒業と同時に逃げ出すように上京を果たした。
住み込みでキャバクラに勤めてお金を貯蓄して、
3年遅れで大学に通った。
お店に通う常連客は貴子の美貌にお金を使い、その対価として身体を求めているのは見え見えだったから躱すのが大変だった。
男が身体を求めるのは大学時代も同じ。
キャンパスでは誰もが貴子を狙い、辟易したものだ。
そうしてようやく卒業を果たすと、今の職場に辿り着いたのだ。
27歳で入社してから10年と少しが経ち、その間に彼氏は作らなかった。
愛には飢えていたけれど行く付く先にセックスが待っていると思えば、足が前に出なかったのだ。
貴子は自分は完全に歪んてしまったことを自覚していたから、異性はある意味で歩く性器だと思っていたのだ。
獣のような義父の匂いが忘れられず、吐き気が込み上げてくる。
セックスなんてしなければしないで平気、今まではそれで過ごせていたはずだった。
なのにどうしたことか40手前になって、自分の性欲の高まりを持て余すようになるなんて考えもしなかった。
月に一度来る煩わしい時期が近づくと、身体の奥がどうしょうもなく疼くようになった。
嫌でも快感を覚えさせられた身体は、不本意ながら自慰行為で慰めてもその炎は燻り続けるのだからたちが悪い。
人知れず道具を購入して使用しても所詮は人工物でしかなく、生身には遠く及ばない………。
貴子が彼氏を作らない理由は、実は他にもあった。
初めて愛のあるセックスを経験させてくれた相手は、女として初めて惚れさせてもくれたのだ。
けれど、それは忘れられない別れの痛みを貴子に植え付けさせた。
それはあの獣が、今になって影を落とすなったのだ。
3年近くも情事を重ねれば、当然妊娠する日はやって来る。
たった一度の堕胎手術が極めて妊娠しづらい身体にさせていたなんて、この時まで知らなかった。
結婚を考えていた2人の愛は急速に萎えて、いや冷めたのは彼のほうだった。
以来10年近く、貴子はパートナーを作らなかったのだ。
それなのに今になって気持ちとは裏腹に、身体が異性を求めるなんてやり切れない……。
切なくて、悔しくて、やり切れなかった。
そのやり切れない1年間は拷問のように貴子を悩ませ、身体に覚えさせた義父である獣を心底恨んだ。
ベッドの中で涙を流し、指を下半身に伝わせる。
こんなことはもう、耐えられない………。
そんな時に机の上に鎮座するノートパソン、そのの画面に着信があるのに気付く。
貴子が趣味で続けている高山植物について語り合う、仲間からのものだった。
彼らは中学生から高校生までいる数人のグループで、貴子はその仲間に入れてもらっていたのだ。
植物を愛する彼らにギラギラした邪気は微塵も感じられず、自然を愛する彼らには肉食系にはない安心感がある。
貴子たちは互いに顔も晒して気心も知れる間柄であり、異性としては魅了的ではない彼らに癒やしを感じていた。
貴子は股の間から手を外して、その中のひとりを思い浮かべる。
彼らとは数回ほど顔を合わせ、低山だけれど現場にまで出向いて見つけた植物を愛でていた。
杉山隆、彼はまだ中学2年生だったはず。
成長期真っ只中の声変わり中の彼は、体の線が細くて貴子を理科の先生みたいだと好意を抱いてくれている。
一種の憧れなのだろうけれど、彼なら……と邪な考えが貴子の頭をよぎる………。
やめなさい…………。
警鐘を鳴らす理性を振り切って、ノートパソコンのキーボードを叩く貴子はある言葉を綴ってしまった。
その言葉は、こうだった。
ねぇ、教えて欲しい事があるの。
今度の日曜日、2人で会えないかしら…………。
無邪気な彼は、二つ返事を返してくる。
いいよ、何時にする…………?
貴子の指がキーボードの上で、震えていた。
それは興奮でなのか、罪の意識からくるものなのか、貴子は自分でも分からなかった………。
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