車窓の外を立ち並ぶ中層の建物が、次から次へと流れていく。
やがて線路沿いの戸建て住宅へと変わり、所々に樹木が現れる。
このところの朝晩が冷え込むようになって、葉が色付きはじめて色鮮やかになっている。
10月も半ばを過ぎたこの時期は、日中が暖かくて着る物も少しだけ苦労する。
佐藤朋美はこの冬で42歳になる。
30歳になるぎりぎり手前で結婚をし、誰もが羨む実業家と豪華な暮らしを送っていた。
けれどもその暮らしは外から見るほど幸せではなくて、釣った獲物には餌を与えないタイプだった夫は妻に対する興味は半年も過ぎれば失せていた。
仕事に趣味に忙しく、家にいても会話らしいものはないのだった。
人に悩みを打ち明けても贅沢だとか、喧嘩や虐待があるわけでもないのに何をいうのかと冷ややかな目を向けられ、理解を示す者はほんの僅か。
このまま歳を重ねていくのかと悩む日々を送るくらいならと、夫の元から去る決心をした。
自分の我儘だから慰謝料や財産分与は放棄して、裸一貫で飛び出したのは4年前のこと。
結婚生活はほぼ9年で幕を閉じ、今は金属製の外階段のある安アパートで暮らしている。
勤め先は惜しまれながら後にしたデパートの婦人服売り場、そこを受け持つ上司の口利きで出戻ることが出来た。
穏やかな性格の朋美は見た目も美しく、10年近く経った今もスタイルの良さも変わらなかった。
人当たりの良さはそのまま販売成績に繋がって、寿退社をする際は引き止められたくらいだったのだ。
家に入ることを強く希望する夫に配慮して、泣く泣く職場を去らなければならなかったことを思えば、今も変わらぬ上司の人柄に感謝している。
出戻りながらそのキャリアは優遇され、稼ぎ頭として上司のお気に入りだった朋美は彼により語り継がれていた。
婦人服売り場ではほとんど伝説の販売員と化していた朋美は後輩の指導を任されるまでになって、その成果は販売成績に如実に反映されている。
あぁ秋だなぁ………紅葉する街路樹を見て、朋美はしみじみとそう感じていた。
来週からは完全に秋冬物に衣替えをするつもりの朋美はまだ薄着のままで、春秋物の薄手のコートを着て玄関を出た。
その日1日の勤務を終えて職場を後に、いつものように駅から電車に乗る。
満員電車とまではいかないまでも、帰宅時間はそれなりに混み合っているのもいつものこと。
朋美は習慣化した行動として吊り革を握りながら、車窓の外へと無意識に視線を向ける。
時おり光の加減で窓には自分の後ろに立つ人の姿が反射して、どんな人物かがよく分かる。
職業柄か朋美は売り場を訪れたお客様が、どんなタイプかを分析する癖がついてしまっていた。
いくらトレンドを説明しようがお客様を褒め称えようが、買う気になってくれなければ無駄に終わってしまう。
お客様が何を求めているか、仕草や表情、会話を交わす中で見極める必要がある。
販売員のこちらの意見を笑顔で押し付けるのでは逃げられるだけで、これは多くの販売員が経験している。
こちらがお客様に合わせて寄り添い、お客様が望んだ時に提案をしてみる。
その反応を見て対応をすれば、冷やかしで買う気もなかったお客様が帰りは品物を手にする後ろ姿を見ることができる………。
そんな癖がこうして自分の後ろに立つ男性に対しても、つい向けてしまう。
20代後半〜30代前半といった感じだろうか。
きちんと髪型をセットしてネクタイを締め、どこかに務める昔で言うところの企業戦士らしい。
穏やかな顔つきが性格が滲み出て、その爽やかな風貌は多くの女性を惹きつけてきたのかもしれない。
結婚する前は歳下などは興味はなかったけれど、元夫のお陰で価値観は変わってしまった。
お金があれば幸せになれるなんて、幻想なのだ。
豪華な食事に舌鼓を打つよりも、行きつけのお肉屋さんで購入してきたコロッケを、愛する人と食べるほうが何倍も幸せだと今は思える。
そう、それが後ろに立つ彼のような男性なら、どんなに良いか………。
最もこんな歳上の自分のようなオバサンなんか、後ろの彼はお呼びではないのだろうけど………。
そんな気持ちを抱く朋美の後ろにいる彼は、ある感情を持っていた。
恋心と言うにはまだ早く、憧れの段階だろうか。
4姉弟の末っ子として育った彼は長女とは一回りも年齢が離れていて、すぐ上の3女でも3つ離れている。
特に長女には可愛がられ、お嫁に出ていく際には本気で奪い返そうと思ったほどだった。
シスターコンプレックス………。
今でも古い心の傷となって、残っている。
血を分けた兄弟でなければどんなに良かったか、今でもそう思う………。
数々の女性特に肌を重ねてきたけれど、心の隙間を埋めてくれる相手には出会えてはいない。
それが神様の悪戯なのだろうか、今目の前にいる女性に胸がときめいていた。
恐らく若くても30代後半、40歳くらいか……。
誰かの奥さんになっていても何の不思議もなくて、運良く独身だとしても自分のような歳下では相手にされないだろうと気持ちが暗くなる。
姉のように母性的で美しく、正月に家族総出で帰省してきた姉と同じような甘い体臭がする。
奪いたい、奪ってしまいたい…………。
普段は冷静沈着な男が心から興奮し、自分を抑えられなくなっていた。
目の前の女性がコートを着ているように、36歳になったばかりの友村研二もまたコートで身に包み、パーバリーのページュが良く似合っている。
コートの前はボタンを締めずに開いたままなので、朋美に一歩近づいて密着しても周囲に気付かる心配はない。
考えるでもなく研二は無意識に足を前に一歩踏み出して、下半身を密着させていた。
女性の着ているコートの素材はあまりに柔らかくて薄く、見た目以上にお尻の柔らかさが伝わってくる。
目を閉じてじぃ~っとしていると女性の体温すらも伝わってきて、思わず股間が熱くなる……。
もう、後戻りをするつもりはなかった………。
どうしよう…………。
朋美がお尻の違和感に、ひとり困惑していた。
電車の揺れで偶然接触したといった次元ではなくて、明らかに密着され続けている。
脂ぎった顔の暑苦しいオヤジならば振り向いて、その汚い顔を張り飛ばしてやれるのに……。
よりにもよって爽やかな甘いマスクをした、あの彼だなんて予想外である。
それ以前に痴漢の被害に遭うなんて、ここ10年以上は経験がない。
せいぜいが降りる間際に偶然を装ってお尻を撫でられる、その程度である。
どんな物好きかと思ったけれど、相手は決まって朋美の嫌いな脂ぎった顔のオヤジなのだ。
なのにどうして彼のように若い男性がこんな年齢の私なのだと、理解が追いつかない……。
そのうちに硬くなってきた男性のシンボルがお尻に食い込んで、困惑が動揺へと変化する。
まだ結婚生活が続いていた頃、離婚する数年前から夫とはセックスレスになっていた。
その頃から数えてもう6年以上、男性からは遠ざかっている。
電車内である、肌を重ねないにしても心の準備が出来ていない。
そもそもそんなことを思うこと自体、どうかしている………。
頭では分かっているのに、心のざわめきは止められない。
コートの後ろのスリットから侵入してきた彼の手が、お尻からウエストへと這い上がる。
窪んだウエストから彼の手が盛り上がった腰骨を下へと移動して、2つの大地のような丘を手の平を置く。
ほとんど動かさず、その柔らかさを確かめるように時おり指先に力が込められる。
わずかに動いた手がまるで堪能しているかのようで、バックを掴む朋美の指に力が入る。
不意にその手が引き抜かれてしまう。
罪の意識に苛まれて中止したならば、それはそれで今ならまだ許せる気がする。
道徳的にも心情的にも、今なら自分の邪な気持ちを覚醒させなくて済むのだから………。
愚かな中年女の束の間の夢として、散ったことを今後は戒めとして生きていこう……。
そう思い直していたところだったのに、彼は気付いてしまった。
朋美の着ているコートはデザインなのか機能面を考えてなのか、肩甲骨のある位置のやや下から身体の横寄りの位置に、良く見ないと分かるはずはないファスナーが付いている。
気温が上がって蒸れた時にもこのファスナーを開ければ、通気性が良くなって湿気を逃がせるということなのだろう。
でも痴漢に利用されてしまえばそれは、本末転倒でしかない。
せっかく収まった気持ちが脇腹を這い上がってくる彼の手が、台無しにしてしまった。
薄手のニットの上を前にと移動して、肋を撫でるようにブラの下まで上下する。
幸いにコートの前はきちんと閉じているから座席に座る人の目には触れはしないけれど、あまり激しく動かされると気付かれるかもしれない。
顔だけは平静さを装いながら、ブラを包み込む彼の手にドキドキしながら前を向く。
ひとしきり触って気が済んだ訳もなく、いったん下がった彼の手がニットの下を潜って素肌に触れると、朋美の肌にぞわぞわっと鳥肌が立つ………。
ついにブラカップの下にずらし、飛び出た乳首に触れられる。
指の腹で優しく摘んで触れて、捏ねくり回されていく。
久しぶりの男性の手はあまりに優しくて、元夫のおざなりなものとは違ってはっきりとした意思を感じさせる。
相手を喜ばせ、感じさせたい………と。
こんな場所じゃなければどんなに良いか、痴漢を相手に場違いなことを思ってしまう……。
こんなにふしだらな女じゃないから………。
心の中で誰も聞いていない自己弁護をしてみても時間は流れ、片方づつブラジャーが上にづらされていく………。
あり得ない、こんなの絶対にあり得ない………。
服の中で露出した乳房を彼の両手が包み込み、揉みほぐされていく……。
フニフニと摘んで捏ねくり回される乳首が変化を遂げて、硬く張りのある勃起を果たす。
いい歳をして何をしているの……と、現実に戻って心の葛藤が始まる。
それでも隠れていた女の欲望に中和され、彼の手の温もりに淫らな気持ちになっていく……。
朋美は誰にも気付かれないように、ひとつ吐息を漏らす……。
コートの前の蠢きにどうか誰も気付かないで………と、そんな切ない気持ちに胸の鼓動が早くなる。
そんな朋美の前に座る乗客たちのある者はスマホに視線を落とし、ある者は小説の文字を追っている。またある者は自分の前に立つ乗客の腰から上に、視線を向ける意識を持っていなかった。
そんな彼ら彼女らは目の前で繰り広げられる淫らな光景に、誰一人気づく者はいなかった。
そんな彼らの前に立つ朋美はメイクの下の素顔を赤く染め、その目を潤ませていた………。
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