綾香 何っ!?何なの!?………
主体が傾きガタガタとブレるハンドルを必死に掴みながら、何とか車を路肩に寄せた。
何となく予想はついていたけれど、車から降りてペシャンコに潰れたタイヤを見て、綾香は途方に暮れるしかなかった。
そこへ車が停まる気配がして振り向くと、1台の車から降りてきた男性が声を掛けてくれて、綾香は助けを求めることにした。
男 どうかしました……?
綾香 ちょっとパンクしちゃって………。
男 お手伝いしましょうか……?
かつて自動車教習所で習った気もしないではないけれど、スタッドレスタイヤの交換すらしたことのない綾香には、自分で出来る自信は微塵もない。
ここはこの人に、甘えさせて貰おうかしら………。
綾香 お時間とか、ご迷惑じゃありませんか?
男 人が困ってるのに、見過ごすことなんて出
来ませんよ……。
綾香 すいません、私、自信がなくて………
男 これくらい構いませんよ……
男はあくまで爽やかさを演じ、笑顔を見せる。
リヤハッチを開けてスベアタイヤ、備え付けられたジャッキを取り出すと早速作業に取り掛かる。
さっきから胸の前でカーディガンを寄せ、ガードするようにそれぞれの手が、それぞれの肘を持っていることが気になる。
まるで胸を隠すように……。
胸の大きさは大体はもう、分かってるんだけどなぁ…。
男は内心で呟きつつ、手を動かしていく。
それにしても、どうして左側に細工しちゃったかなぁ……。
律儀に左側に寄せられた綾香の車とガードレールとの狭い間で、四苦八苦する。
道路というものは路肩へと下がるよう、作られている。
これは雨水を排出するのに排水溝へと集める必要がある為で、よりにもよって左側に車が傾いてしまっている。
まあ、自分がそうさせてさしまったのだけど……。
自分の隣にしゃがんで、心配そうに成り行きを見守る綾香。
シースルー素材に透ける白いタンクワンピースが卑猥に映り、目を逸らす……。
ジャッキを極限まで縮めてやっと車体と路面との間に入れると、今度はジャッキを上げる為のバーを穴に差し込むことが出来ない。
分かってはいたけれど限界までジャッキを縮めたので、バーを穴に差し込んだところでクルクルと手を回すと、路面に手がぶつかってしまうのだ。
仕方なくある程度ジャッキが上がるまでその部分を手で握り、力任せに回していく。
車重が握る手にかかり重くて仕方がないけれど、車は少しづつ車高が上がっていく。
苦労する姿を見ていて居ても立っても居られなくなった綾香が立ち上がり、どこかへ駆け出していく。
間もなくコンビニ袋を手にした綾香が戻ってきて、側にしゃがんだ。
綾香 お手間を取らせちゃって、すいません。
一休みしてください………。
そう言って綾香は袋から取り出した冷たい飲み物を、そっと差し出してきた。
男 すいません、気を使わせちゃって……。
お言葉に甘えて、いただきます……。
こういう場合は下手に遠慮すると、相手を困らせることになる。
飲み物を受け取ると、見惚れるくらい眩しい笑顔を見せる綾香の顔から目を逸らさなければならなかった。
視線を逃した先はこちらに対して体を横に向けてしゃがむ綾香の下半身に、無意識に向けられた。
そして、男は気付いた。
薄手の生地に淡い水色のショーツラインが浮き出していて、サイドが紐状の細さになっている。
自分の視線に女性が気づく前に、急いで逸らす。
男 生き返りました、ありがとうございます…
それにしても、災難でしたね……
綾香 スピードが出てたらと思うと、ゾッとし
ます………
時々そんな会話を交わしながら、やっとバーを穴に差し込める高さになった。
ここから作業が進み、手をクルクルと回すだけで車高がみるみる上がっていく。
綾香 凄〜い……簡単にやっちゃうんですね……
男 ジャッキが回ってしまえば誰だって、難し
い作業じゃありませんよ……
そう言って綾香の方へ視線を向ける。
ジャッキを上げただけなのに関心したように作業を見詰める綾香。
緊張が解れたのか、胸の前が無防備になる。
それで胸の前をガードしていた理由が今、分かったような気がする。
綾香の着る白いタンクワンピースは薄手なのに、車で来たからなのだろう。
膝に乗せた乳房の乳首が、露骨に浮き出して見えたのだ。
ノーブラをあんな透けるカーディガンで、誤魔化せるとでも思ったのだろうか……。
そんな時、1台のパトカーが停まった。
事故が起きたとでも思ったのだろう。
綾香が理由を説明する間、タイヤ付きのホイールを付け替える。
簡単にナットを締めてジャッキを緩めて、路面にタイヤが接地すると増し締めする。
警察官たちはそれを見届けると、気お付けるように言葉を残してパトカーを発進させていった。
あれから1ヶ月、勿体ないことをしたと思わないでもないけれど、お礼をさせてくれという綾香の申し出を男は頑なに断った。
警察官が現れるなんて、良い傾向ではないと思ったのだ。
ヨガ教室も彼女に目を付けられていたと気付かれたくなくて、通うのを辞めてしまった。
そんな彼女に、ひょんなことから再会することになろうとは………。
街路樹の葉はすっかりなくなり、街は枯葉が舞う晩秋を迎えていた。
駅に向かう道すがら体のラインを魅力的に見せながらブーツの踵を鳴らして歩く、ひとりの女性に出会った。
ドキッとするくらい美しく、男は直ぐに分かった。
半年も経っていないけれど、彼女にとっては過去の出来事などもう忘れているだろうと思って目を逸らす寸前、おやっ?っという顔をしたのだ。
直ぐに思い出したというように、綾香は笑顔を向けてくる。
不意にヨガ教室で見た胸の形、魅力的なお尻。
そして割れ目に食い込むそこを汗で変色させていた光景が、鮮明に思い出された。
それだけではなく、白いタンクワンピースに浮き出させた乳首、サイドが紐状の白いショーツのいやらしい存在も………。
そのまますれ違えばいいものを綾香は彼の前で立ち止まり、こう言った。
綾香 その節は、ありがとうございました……。
お元気でしたか……?
ハッとするくらい、魅力的だった。
綾香にとって望まぬ事が動く十分の切っ掛けになるなんて、この時は夢にも思っていなかった……。
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