前髪も含めて同じ長さに揃えた黒髪を、肩まで伸ばしてきた綾香がバッサリと切った。
単なる気分転換でショートヘアにしただけなのだけど、評判はかなり良い。
元々どちらかといえば童顔の綾香は中学生になっても小学生に見られて、自分の顔が嫌で仕方がなかった。
だから大人になっても自己評価は未だ高くはない。
だからどうして異性が近寄って来るのかがいまいち理解出来ない理由が、そこにある。
男性の評価が顕著になったのは20代後半になってからで、30代になっても一回り近く若いと言われて、何を言ってるんだろうと信じなかった。
それが年齢を重ねるごとに実年齢との見た目のあまりにものギャップに驚かれることが増えてきて、綾香はやっと自覚するという天然ぶりだった。
だから今は30歳過ぎ……少なくても実年齢よりも5〜6歳は若く見られている。
実は肉体的にもそれは現れていて、健康診断でも肉体年齢は一回り以上若いと出たのだから驚きである。
こればかりは母や祖母に感謝している。
二人とも綾香と同様の体験をしてきて、若い頃の写真を見ると祖母は曾祖母に、母は祖母にそっくりなのだ。
そして綾香は母によく似て、若い頃は甘いマスクだった父の遺伝子が加わって今は美魔女扱いをされて嬉しい反面、少し迷惑にも感じる部分がある。
それは変な虫が寄って集ってくるから……。
この日、綾香は早朝から駅のホームに立っていた。
年の瀬が迫るこの時期に、遠方の出張に行かなくてはならないからだ。
当初は誰も行きたがらなくて、それは綾香も同じだった。
上司なのだからきっぱりと言えばいいのに、コンプライアンスが煩くなった今、何かと頭を悩ます上司が気の毒になったのだ。
綾香が申し出ると表情をぱっと明るく上司……。
現金なものだと思いながら、これも仕事だと自分に言い聞かせる。
中途採用で綾香を拾ってくれたのは、この上司なのだから………。
早くからホームに並んだのは経費削減で指定席を取らせてくれない、会社のありがたいやり方のお陰である。
朝早くから並んだかいがあって、自由席に座ることが出来た。
そこで出会ったのは30代前半という感じの若い男性で、女性の綾香に気を使って窓側の席を譲られたのだ。
ありがた迷惑……というか、男性よりも尿道の短い女性の綾香は何かと気を使わなければならない。
コーヒー好きの綾香は今朝も1杯、駅でも1杯をすでに口にしていたのだ。
父とはまた違うタイプだけれど、甘いマスクの彼が笑顔で譲ってくれるので無下には断れず、結局は座ってしまった。
男性 どこまで行かれるんですか……?
綾香 あっ……○○まで、ちょっと……
男性 そうなんですね、僕は………
朝が早かったから少し眠りたかったのに………。
彼には悪いけれど少し辟易していたはずなのに、気付けば彼の巧みな話しかたに惹き込まれ、皮肉にも楽しい会話になっていた。
気遣いも出来て、席を立つ時には遠慮なく言ってくれと絶妙なタイミングで言うのだ。
恐らく彼は交渉ごとに長けていて、相手の細かい仕草や無意識にする態度から読み取る術を得ているに違いない。
女性を相手にトイレというワードを使わないところにも、繊細な気遣いが見て取れる。
綾香は一気に彼への好感度が上がるのを、禁じ得なかった。
トイレから戻った綾香に声をかけさせる前に、彼は嫌な顔ひとつ見せずないでサッと立って通してくれた。
綾香 ありがとう……
男性 窓際を譲ったんだから、面倒臭がったら
ただの嫌な男でしょ?
お茶目な態度を見せて綾香に気を使わせまいとする、その態度がありがたかった。
この時にはもう砕けた話し方をするくらいに打ち解けていたことも、彼のお陰である。
綾香の着るストライプのラインが入った堅い印象の、濃紺のスカートスーツがどこかの企業の重役に見えるのだろうか。
親しみのある話し方になっても、彼は一定のラインを越えない大人の判断が随所に見える。
男性 朝が早かったから少し、眠いんじゃない
ですか……?
話に付き合わせちゃって、申しわけありません。
仕事をしてますから、遠慮なく休んでください。
綾香 ふふっ……じゃあ、遠慮なく……
車両の最後部の席なのも幸いして、綾香は少し背凭れをリクライニングさせて目を閉じる……。
脱いだコートを体に掛けていたけれど、今流行りの膝丈の短さなだけに下半身が心許ない。
それを見ていたらしい彼がノートパソコンを操作していた手を止めて、自分のトレンチコートをそっと綾香に掛けた。
彼の優しさがありがたかったけれど、まるで恋人のような態度ではないか……。
あまりにも照れ臭くて、綾香は眠ったふりをして誤魔化さなければならなかった。
席の前で出会った時から、素敵な女性だと思った。
ショートヘアがよく似合って、ポタンを締めたそのスーツ越しにも細いウエストのくびれが目立っていた。
そこから腰へのラインが素敵で、大き過ぎなくて形の良いヒップが魅力的なのだ。
膝上丈のタイトスカートから伸びる長い脚がまた良くて、座席に座ってから見えた太腿が太過ぎないのがまたいいのだ。
このプロポーションの良さは、ちゃんと節制している美意識の高い女性だと言える。
スーツの上から分かるのは、ウエストの細さだけではない。
あの胸の盛り上がり……。
寄せて上げるタイプのブラで作られた胸じゃなければ、ある程度のボリュームがある胸なのは間違いない。
かなりの美人だけど、自分よりも3つくらい歳上かな………。
30歳になったばかりの彼は、そう判断していた。
普通の女性ならば、ほぼ正解しているのだろう。
だけど綾香に限っては男を惑わすその魔性の魅力で、いとも簡単に狂わせる。
いや、実際に綾香は30過ぎにしか見えないのは、仕方のないことだった。
眠いはずなのに、隣の彼が気になって眠ることが出来ない綾香。
一目見て何かスポーツをしていたか、体を鍛えているのが分かった。
スーツを着ていても首から肩にかけてのラインが逞しくて、あの分なら胸板もそれなりにあるのだろう。
下半身もしっかりしていて太腿の太さ、しっかりしたお尻の形が魅力的だった。
甘いマスクをしていてこの人当たりの良さだ、男女問わず人ったらしに違いない。
彼に抱かれる女性は幸せだろうと、軽い嫉妬を覚える。
先日の痴漢にじっくりと感じさせられてからというもの、後輩くんの入院で不在が続いていることから体が疼いて仕方がない。
だかと言ってこの彼には、はしたない女だと嫌われたくはない……。
どうするのがいいのだろう………。
綾香の誘惑がはじまった。
掛けられたコートの下で、スーツのボタンをこっそりと外す。
次にブラウスのボタンを2つ外し、スーツの前を彼の側だけ開いておく。
ご丁寧に掛けてくれた彼のコートを、寝相の悪さを言い訳にして少しづつずらしていく。
とは言っても、さすがに限界がある。
ここまでかしら………。
彼の気遣いが仇となって、誘惑は成就しないと密かにがっかりする綾香………。
幸か不幸かパソコンを打つ指を止めた彼がひとつ息を吐いて、席を立った。
この幸運を逃す手はない。
綾香は彼の掛けてくれたコートを派手にずらた。特に下半身が彼に見えるように………。
席に戻った彼の目に、衝撃の光景があった。
掛けてあげたはずのコートは窓側にずれて、綾香の体の半分が見えている。
よほど疲れていたのかスーツの片側が目繰り上がって、ブラウスのそこを持ち上げる魅力的な胸の山が露骨だった。
それに暑かったのかブラウスのボタンが幾つか外されていて、もう少しで浮いたインナーの胸元から下着が見えそうなのだ。
おいおい………綺麗な女性なのに、何だこの無防備な姿は……。
半ば呆れながらコートを掛け直そうとした、彼の手が止まる。
ただでさえ短いタイトスカートなのに、だらしない寝相でさらに短いミニスカートになっている。
彼は気付いた……。
ぎりぎりショーツは見えないけれど、見えた内腿が途中から素肌ではないか。
よく見ればストッキングを吊るす為の、ガーターベルトの留め具とストラップが見えている。
股間に血流が集まるのを、彼は自覚した。
見えそうで見えない、スカートの奥……。
いや、見ようと思えば、見える……。
理性と背徳感の間で揺れ動き、結局のところ彼も男だった。
しばし綾香の顔を見詰め、深い眠りの中にいると確信した彼はそっとスカートの奥を覗いてしまった……。
なんていやらしいんだ………。
彼の第一印象は、意外だと思っていた。
こんな清楚な印象の美人なのに、こんな派手な下着を身に着けているとは………。
いや、女性が下着にお洒落を求めるのはちっともおかしいことではない。
日本人が保守的過ぎるのだ。
現に海外の女性は下着にもファッション製があって、特にヨーロッパ、フランスやイギリスなんかはガーターベルトは常識になっている。
見た目、身なりもしっかりしていて言葉使いも話し方にも話し方も、大人の女性としてセンスを感じるこの人は、考え方が独立している立派な人なのだ。
股間を硬くしている割に、頭が堅い彼はそう結論づけた。
そっとコートを掛け直し、美しい口に唇を重ねたい衝動を必死に押さえつける。
カタカタとキーボードを叩く音が聞こえはじめて、綾香は次の行動に移った。
寝返りを打つように、彼の肩にしなだれかかったのだ。
ドキリとした彼の指が止まる。
一瞬わざとなのかと思ったけれど、寝息を立てる綾香の顔を見て疑った自分を恥じた。
こんな綺麗な人が、そんなことをするはずがないではないか……。
きっと彼氏か誰か、寝惚けてパートナーと間違っているのだろう。
相当に疲れていると見えて、起こすのも気の毒だからそのまま寝かせようと放っておくことにする。
右肩が重くて仕方がないけれど、寝息が可愛らしくて起こす気にもなれない。
それに、いい匂いがする………。
彼は完全に勃起してしまった。
開いた胸元の奥に、緩くなったインナーの下に赤いブラジャーが見えたのだ。
上下がお揃いなんて、やはりセンスがある……。
無理やり綾香を肯定して、理性を保つ努力に余念がない彼。
だけど彼の目はパソコンの画面ではなく、綾香の下半身に注がれる。
そこに触れたい………。
募る欲求がスラックスの前をさらに窮屈にさせて、生唾を飲み込む……。
もう一度綾香の顔を見て、完全に眠っていると信じた彼。
ついに禁断の行為へと足を踏み出してしまった。
そっと綾香の膝に手を置いてみる……。
暖かくて、ストッキングのスベスベした気持ちのいい感触がする。
さらに手を奥に入れようとしたその時、綾香が目を覚ました。
咄嗟に脚から手を離し、ドキドキする彼……。
綾香 ごめんなさい、あたし、馬鹿ね……
男性 起こすの気の毒なくらいよく寝てたか
ら……
相当に疲れているみたいですね……
綾香 ごめんなさい、このところよく眠れなく
て……
睡眠導入剤、飲んでたの……
男性 どうりでよく眠ってると思った……
綾香 どうしよ、もう少し寝ようと思ったの
に………
白々しい……触ってたくせに………
内心で怪しく微笑む綾香は、次なる策を立てていた。
綾香 あの、あたしもう少し眠りたいから、あ
のもしまたお仕事の邪魔をしたら、向こ
う側に押しやってくださいね……
それだけを言うと、綾香は彼の目の前でバックから取り出した錠剤をペットボトルのミネラルウォーターで飲み干して見せた。
綾香 不眠が続いてるから、睡眠薬……。
今寝ておかないと保たないから……。
男性 大変そうですね………
綾香 申し訳ないけど、駅についても起きなか
ったらその時は、起こしてくださる?
男性 そんなことなら安心して眠ってていい
ですよ……
少し前に起こしますよ……
綾香 ありがとう……
あっこれ、ありがとう……
でも寝てると熱いから、本当にありがとう………
コートを彼に返して、綾香は目を閉じて眠った………ふりをした。
どれくらいの時間が流れたのか、恐らく20分から30分………もしかしたらもっとかもしれない。
本当に眠りかけていた綾香の膝に、やっと彼の手の温もりが伝わってきた。
本当に眠っているのか確かめるように、顔の間近に彼が顔を寄せる感覚がする。
確信を覚えた彼の手が、ぞろりそろりとスカートの奥に入れてきた。
綾香は目蓋の下の眼球を動かさないようにするのが、大変だった……。
※元投稿はこちら >>