よいっ……しょっ、もうちょっと……あっ…
すぅ~っと後から伸びた誰かの手が、取りたかったファイルを取り出して綾香に手渡される。
後輩 これくらい、声をかけてくださいね…
にっこりと笑顔を見せて、自分のディスクに戻る彼の後に呟いた。
綾香 あっ……ありがとう……
何のことはない、棚の上段にあるファイルを取ろうとして少し手こずっただけである。
全ての資料が電子化されているわけではなく、一部はこうしてファイルされて保管されている。
この程度で誰かの手を煩わせるのは本意ではなく、どうにもならないわけではない。
それなのに彼は仕事を中断して自ら進んで綾香に手を貸し、面倒くさそうな顔ひとつ見せることなく笑顔を作る。
自分のディスクに戻った綾香に隣に座る同僚である優香が、悪戯っぽい笑顔を向けてきた………。
昼休みのこと、ランチを共にする優香が楽しそうに言うのだ。
優香 ねっ、どうするの?…彼、綾香に気があ
るわよ?
綾香 急になによ、もう……からかわないで…
優香 本意は気付いてるんでしょ?…彼を生殺し
にしないようにね……
綾香 もう、やめてよ………
彼に気がないのなら、きっぱりと言いなさい……。
彼女はそう綾香を遠回しに窘めているのだ。
親友と言っても良い間柄の彼女は時に、母親のような深い愛情から適切な助言をくれる。
でもどこかで恋の成り行きを楽しんでもいて、それが綾香は面白くないのだ。
分かってるわよ、そんなこと………。
綾香はパスタをフォークに絡ませ、それを口に放り込むと咀嚼しながら面倒くさそうな目を優香に向ける。
自分年齢を考えたらもう、若いとはいえない。
ましてバツイチなのだ。
そんな自分に気を寄せてくれる男性がいる……。
悪い気などするはずはない。
なのに素直に慣れない理由、それは彼とは7つも年齢差があることだ。
もう子供は望めないかも知れず、そうなれば彼の人生を虚しいものにしてしまう可能性は否定出来ない。
それに………私は彼が評価するほどの女ではない。
男性から見た清楚だとか美女だとかの印象からは程遠く、淫欲に汚れた女だから………。
綾香は味を感じなくなったパスタを飲み込んで、優香に気付かれないように溜息を漏らした。
男は急ピッチで進められる工事現場で、作業に加わっていた。
様々なイベント事が行われる広い会場は各種の専門家である職人が作業に当たり、電気工事の職人である男は残る自分の作業の順番を待っていた。
各企業のブースを作る大工の仕事が遅れ、待っているのだ。
普段は会社でスーツに身を包んでディスクワーク勤務の男だが、大きな現場の仕事がある時は人手の関係から現場に出ることがある。
現場で活躍する一職人から出世して、現場を指示する立場となった現在でも培った腕は、未だに錆びついてなどいない。
それにしても、期日までに間に合うだろうか……。
大工の仕事の遅れは彼らのせいではなく、会場側の都合で翻弄されている以上、責められない。
この世界にも仁義はあり、必死に手を進める彼らを男は黙って見守ることしか出来なかった……。
上司 それじゃ、行こうか……
普段より早く出社した上司と綾香、後輩の3人は営業車のライトバンに乗り込んで会場に向かう。
上司 どうも準備が遅れてるみたいだけどな、
支障のないようにしてくれるみたいだからやりづらいかも知れないが、頼むね……。
綾香と後輩くんは一抹の不安を覚えたけれど、すべき事をするだけだと気合をいれる。
会社の商品をどれだけ業界人にアピール出来るのか、それで年間の利益が変わるのだから………。
会場の自分たちのブースに着いた。
形こそ出来上がっていたいたものの、電気配線がまだ不十分のまま作業が続いていた。
男 粗方のことは終わっていますが、すいません間に合いそうになくて……
工事人の話では見えるところは終わっており、後は配線を引っ張ったブースの裏側だけが残っているとのことだった。
各企業に割り当てられたスペースには限りがあり、綾香たちのブースは商品を展示するスペースを大きくとっている。
上司と後輩は対応に当たる営業部員として前線に立ち、綾香は胸の下まである高さに作られた小さなカウンターの内側に立つサブ要員である。
後輩の彼は歳下というだけで、実は途中入社した綾香にとっては勤務歴10年の先輩なのだ。
その2人を前にして綾香は自分達の足元で作業を続ける工事人を気にしつつ、微笑を作らねばならない。
大丈夫かしら………。
戦闘部員の2人が商品を見に来た人たちに、早くも説明を開始する姿を後から見る綾香だった。
それにしても狭くて、やり辛いことこの上ない。
カウンター内は人ひとりが立って申しわけ程度の幅があるだけで、男はどうにか配線処理をしていた。
その男にハイヒールを履く綾香の艶めかしい足首が視界に入り、気が散って仕方がない。
それに膝上まであるタイトスカートがセクシーな脚を露出して、堪らないのだ。
いやいや、仕事を進めねば……。
男は配線を綾香の足元から背後へと床を這わせて伸ばし、白い布で急ごしらえしたパーテイションで仕切る後ろ側へと行った。
裏側は華やかな表側とは違って、ベニヤ板が剥き出しである。
テレビ局のスタジオセットと同じ、このイベントが終われば素早く撤収出来る安直な造りにされているのだ。
なので普通は壁の裏側に隠れて見えない配線は、裏側であるこちら側に剥き出しなのである。
それにしてもこのパーテイション、何とかならないものか……。
人の腰の辺りまでしかない布地なのでユラユラと揺れないように、紐で床に括り付けてある。
それも狭いスペースだから紐に足を引っ掛けないように、やや後ろにいる自分の側に引っ張られている。
会場サイドの人間は、工事人のことなど何も考えていないのだ。
イライラしながら男は仕事の手を動かしていたが、しゃがんだ姿勢だとパーテイションで遮られた上半身から下が、こちら側からは丸見えではないか。
キュッと上がったお尻にショーツラインが薄っすらと浮かび、ある出来事を男に思い出させた。
あの日の満員電車は事故で長らく停車して動かなくなり、目の前の女の魅惑の知りに釘付けとなってしまったのだ。
電車が動かなくなる前から下半身が何度も接触して、その柔らかさを知って我慢出来なくなってしまった。
女も大して抵抗はせずされるがままとなって、激しく濡らしてくれた。
そして無いに等しいスペースで下半身を繋げ……。
あれは堪らなくて、未だに時々思い出しては股間を熱くさせるのだ。
電車から降りて去りゆく女を見ていたら、風で揺らめく髪の毛から見えた横顔。
それがかなりの美女だったのだ。
自分は今まであんな美人の中に、ペニスを挿入していたのかと愕然としたものだ。
捕まることを危惧して電車を一本早めてきたからあれ以来、彼女に会うことはなくきていた。
そこまで思い出して男はハッ……っとした。
髪の毛をアップにして雰囲気が違ったから、今まで気付かなかった。
初めて会った気がしない不思議な感じがしていたけれど、この彼女、あの時の女じゃないか………。
体が震え、股間が硬くなっていくのを自覚する。
出来るのか………いや、出来る。
あの時だって、やってのけたのだ。
やってやる……。
男の目に、怪しい炎が灯った。
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