2人の男から標的にされた千紗はもはや安心して眠ることなどできなかった。
時刻は午前5時を少し回ったところ。
空がだいぶ白み始めてきた。
千紗はこのまま目的地に到着するまで眠らないつもりでいた。
窓の外に見える案内標識に目的地の地名が見えた。到着までもうすぐの辛抱だと彼女は自分自身に言い聞かせた。
バスは高速道を下り一般道に入る。
恋人の待つ街までもうすぐだった。
《たいへんお疲れ様でございました。まもなく最初のバス停に到着いたします。お忘れ物などなさいませんようお支度をしてお待ちください》
そのアナウンスからまもなくして、まずひとつめのバス停に停車し、憎き2人の男が降車していった。
降り際に運転士と何かを話している様子だったが、千紗のところまではその内容は聴こえなかった。
これで悪夢に怯える長い夜がやっと終わったのだと千紗はホッと胸を撫で下ろし、彼に会ったら真っ先に抱きしめて欲しいと、彼女はそう願っていた。
次は千紗が下車するふたつめのバス停、終点だ。
あと15分ほどで到着するはずだ。
(あぁ、なんだか眠くなってきちゃった、、次は終点だし、、寝ちゃっても運転士さんが起こしてくれるよね、、ふわぁ)
悪い男達が降車してひとりになった安堵感からか、目的地を前に千紗は大きなあくびをしうたた寝を始めてしまった。酷い夜だっから無理もない、精神的にもだいぶ窶れていた。
《たいへんお疲れ様でございました。次が終点、終点です。お忘れ物などなさいませんようお支度をしてお待ちください》
終点を告げるアナウンスにも千紗は気付かずに眠り続けていた。
バスは終点に停車したものの、乗降ドアが開くことなくすぐに出発した。
この後、バスは待機場に向かうことになっている。折り返し都心に向かうまでの間に燃料補給や車内清掃を行い、運転士自身も休息を取るためだ。
千紗が目を覚ましたとき、バスは既に待機場に到着していた。
ハッとして席を立つ彼女を運転士がバックミラーで捉える。
《お客様、ちゃんと終点で降りて頂かないと困りますね》
運転士はやや憤った口調で千紗ひとりに向かってアナウンスを流した。
「すみません、、眠っちゃってて、、」
なぜ運転士が終点で起こしてくれなかったのか不審に思いながらも、千紗は申し訳なさそうに小声で言い訳をした。
運転士が席を離れ千紗の方へ向かって来ようとしている。客席に上がったところで前方の大きなフロントカーテンを勢いよく閉めた。
それを見た彼女の顔がとたんに曇る。
運転士はさらに両側のカーテンを順々に閉めながら彼女の方へと迫ってくる。
暗転した車内、カーテンの隙間から漏れる朝日に照らされた運転士の顔には鬼畜の笑みが浮かんでいた。
つづく
※元投稿はこちら >>