【05】
『遅いなぁ・・連絡もしないし、携帯もつながらない・・・何かあったんだ
ろうか?』
孝史は居間のソファーに座りビールを飲みながら呟いた。
午後11時過ぎ。
妻の陽子がまだ帰って来ない。
今日は土曜日だ。妻のパートは休みのはず。
しかし、孝史が久し振りに早く帰宅すると家には誰もいなかった。
実家に行ったのかと思い電話をすると、朝の内に仕事だからと言って子供を
預けに来たらしい。
子供達はおばあちゃんの家に泊まりたいと言うので甘えることにして陽子の
帰りを待ったが、未だに帰ってこない。
流石に普段大人しい孝史もイライラしてきた。
『まさか出て行ったんじゃ・・・。』
不安になった孝史は、陽子の寝室へ行ってみた。
荷物はある。
いつもと変わらない。
出て行くなら私物をある程度持って行くはずだ。
孝史は少しホッとして寝室を出ようとした。
「ん?」
化粧台の上に見慣れない香水がある。見るからに高そうだ。
陽子は香水などつけたことは無い。苦手だと言っていた。
半分くらい使ってある。
孝史は自分が知らない陽子を見たような気がして不安になった。
「まぁ、アイツも女だし・・・香水ぐらいつけるさ。たかが香水で疑うのも
おかしな話だ。」
無理にでも楽観的に考えようとするが胸の中のモヤモヤは大きくなってい
く。
孝史は化粧台の前の椅子に座り部屋を見回した。
この家を建てた時、陽子は自分の寝室が欲しいと譲らなかった。
夫婦なんだし一緒の部屋でいいじゃないかと言う孝史に陽子は
「いくら夫婦でもプライベートな事だってあるでしょ?」
と言った。
そんなものなのかと考えたが、例え孝史が駄目だと言ったところで陽子は言
うことを聞かないだろう。勝手に話を進めて自分の意見を押しとうすに違い
ない、陽子はそんな性格だからと諦めたのを思い出した。
洋服ダンスが少し開いている。
孝史は閉めようと思い、立ち上がってタンスの取っ手に手をかけた。
『まさか洋服だけ持って出て行ったとか・・・。』
孝史はタンスの扉を開けてみた。
沢山の洋服が下がっている。
しかし、その半分以上は孝史が見たことの無いものだった。
大してオシャレに興味も持たない陽子にしては若い服が多い。
『なんだアイツ、いつの間に?』
孝史のモヤモヤは一気に膨らんだ。
『まさか・・・アイツ浮気してるんじゃ?』
決して考えたくは無いが、今日の陽子の行動に香水、そして孝史が見たこと
のない洋服がその疑いを強めていった。
その時、玄関の扉が開く音がした。
孝史は急いで陽子の寝室を出て居間に戻り、何食わぬ顔でビールを握った。
「あら?アナタ帰ってたの?」
孝史の後ろから声がした。
「ああ、今日は早く帰れたんで。でも遅かったじゃないか。電話しても繋が
らないし。何かあったの?」
孝史はなるべく平静を装って陽子の方へ振り返らずに聞いてみた。
「ええ。急にパート仲間が休んじゃって変わりに出勤したの。子供達は実家
に頼んだわ。」
「ああ、電話してみたよ。アイツらおばあちゃんの家に泊まりたいって言う
からお願いしたよ。」
そう言いながら振り返ってみた。
陽子は、やはり見たことのない服を着ていた。
いつも見慣れた陽子の雰囲気とはまるで別人のようだった。
ちょっと見たところ子供を二人産んだ主婦とは思えない。よく似合ってい
た。
「どうしたんだよ?普段はそんな格好しないのに?いや・・・似合ってるけ
ど・・・。」
「ええ・・・たまには・・・ね。」
それ以上陽子は喋ろうとせず上着を脱ぎ始めた。
「あ・・・風呂、沸かしておいたよ。オレもう入ったから。」
聞きたい事はたくさんあったが孝史の性格では、それ以上詮索する事は出来
なかった。
「今日は疲れたからもう寝るわ・・。」
そう言うと陽子は自分の寝室へ行ってしまった。
このやりとりの間中、陽子は孝史の方を見ようとはしなかった。
『やれやれ・・・まいったな・・・よくわからない。絶対に怪しいのに証拠
なんてないし・・・。どうすりゃいいんだ・・・・・・・寝よう。』
一晩眠れば、このモヤモヤも消えるだろうし、陽子に限って浮気なんてな
い・・・孝史はそう自分に言い聞かせて布団に入ると目を閉じた。
次の朝、目を覚ました孝史は台所に行ってみた。
いつもならば日曜日でも朝早くから陽子が朝食の用意と洗濯をしているはず
だが、今朝は静まり返っている。
『えらく疲れているんだろうか?昨日ホントに浮気じゃなくて仕事してたん
なら疲れているんだろう。はっきりしないが、取り敢えず、たまには家の事
もしなくちゃな・・・。』
普段から仕事で遅い時間に帰宅し、ここ最近は休日も出勤していた為、家の
事はおろか子供達の顔さえマトモに見ていなかった孝史は、陽子に対して多
少申し訳ない気持ちになっていた。
『たまには家の事だってしなくちゃな。』
孝史は風呂場に向かい洗濯カゴの中身を洗濯機に放り込み始めた。
ふと床を見ると、昨日洋子が着ていた服が丸めて置いてあった。
『夜中に起きて風呂に入ったのか。』
そう思い、丸められた服を拾い上げると洗濯機に放り込んだ時、ハラリと白
いものが落ちた。
孝史が見たこともない小さな布切れ・・・面積の小さいTバックの下着だっ
た。
『こんな下着つけてるのか!?仕事に行く時に?普段はおばさんみたいなデ
カいパンツはいてるくせに?』
何故だか見てはいけないものを見たような気がしてきた孝史は、洗濯機の中
の洗濯物を洗濯カゴに戻し、丸められた陽子の服に下着を入れると、また元
の床の上に置き、自分がここにいた痕跡を消して台所に戻ると煙草に火をつ
けた。
『昨日から俺の知らない陽子がいる。陽子・・・いったい何なんだ。おかし
いじゃないか・・・ただの気紛れなのか?それとも男が出来たのか?』
孝史の煙草を持つ手が震えていた。
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