【31】
「おはよう!聡美!」
久々の学校。
今日は土曜日で授業は無いけども、香奈は部活に出てきた。
いくつもの悩みは未だ解決されていないし、鬱屈した気持ちは幾分か和らい
でいても、心の中は粘り着くような重たい陰鬱さが渦を巻いて香奈を暗闇へ
引き込もうとしている。
だけども、なにか行動を起こさねば変化は起こらない。
その一歩を踏み出せば何かが変わる。
香奈は今までに起こった出来事による心の傷やわだかまりを少しでも癒やす
為にも変化を望んだ。
それは自分自身の変化。
そして、自分が変化したことによる自分を取り巻く世界の変化。
行動を起こせば何かが変わる。
そう思う事で香奈の心は幾分か軽くなったような気がした。
そして、香奈が今一番望むことが、学校に来れば叶うはずだった。
「香奈!!言ったとおり出てきたんだ!!」
部室に入って来た香奈を見て、聡美が一瞬驚いた後、すぐに嬉しそうな顔を
して飛びついてきた。
「みんな心配してたんだよ?何かあったんじゃないかって。でも元気そうだ
ね!ホント、すごい久し振りな気がするよ!」
聡美はそう言いながら体から離れると、まじまじと香奈の顔を見た。
「・・あれ?・・香奈・・カワイイ!!髪型変えたんだ!メチャクチャカワ
イイじゃん!えーっ・・ちょっと・・ヤバいよ・・カワイすぎだよ!」
「ちょっと・・やめてよ・・褒めすぎだよ・・。」
目を丸くして香奈の顔を見ながら話す聡美を頬を真っ赤に染め、照れながら
言った。
「いやホントだって!正直さ、香奈ってこんなに可愛かったの?って思っち
ゃったよ。何?どうしたの?どういう心境の変化なの?」
聡美は香奈の両腕を掴んで顔を近づけながら香奈に問いかける。
「ん~。何となく。ほら・・あたし、今まで格好とか無頓着だったからさ。
自分を変えてみようかなぁって思って・・。」
「ふ~ん。でも、ホント可愛いよ。アタシもやってみよっかなぁ。でもアタ
シには似合いそうも無いなぁ。いいなぁ、香奈は・・元がいいと何やっても
似合うんだろなぁ・・・。」
聡美が羨ましそうにブツブツと呟いている。
部室のドアが開いて懐かしい声が聞こえた。
「お~ひ~さぁ~し~ぶ~りぃ。」
「由美!?」
香奈と聡美は揃って大きな声を出した。
「そんなに驚くことないでしょぉ~。」
由美はニコニコしながら此方へ近付いてくる。
聡美は香奈と由美の顔を交互に見ながら口を開いた。
「なに?アンタたち2人して示し合わせたように出てきちゃって。同時に休
んだかと思ったら急に2人して出てきたりして。一体何があったの?」
「え?香奈も休んでたの?」
由美は香奈の顔を見て言った。
「あ・・うん・・ちょっと・・風邪引いちゃって・・。」
香奈はぼそぼそと言い訳をするように言いながら由美を上目遣いで見た。
「由美?どうしたのソレ?痣出来てるよ?」
聡美が由美の左の頬を見ながら言った。
香奈は聡美の言葉を聞いて、目線を由美のふっくらとした左の頬に向けた。
僅かに青みがかった痣がある。
昨日の孝史の話を思い出した。
『やっぱり・・・あの男の人の奥さんから殴られたんだ・・。ホントだった
んだ・・。』
香奈は心配そうに由美を見る。
「へへっ・・まぁ・・若さ故の過ちってヤツ?っていうかさ、香奈?なんか
別人みたいじゃん?暫く見ないウチにかわいくなっちゃってさぁ。ズルくな
い?」
由美は一瞬表情を曇らせ俯いたが、急に顔を上げて香奈を見ると笑みを浮か
べながら言った。
話を逸らしたいのだろう。
「だよね~。ズルいよね~自分ばっかりさぁ。アタシもビックリしたんだ
よ!?これは反則だよね~。アタシ等の立場無いじゃん!」
由美と聡美は暫くの間、香奈を見ながらしきりに褒めたり愚痴ったりしてい
た。
「ところでさ、アンタたち2人は出てきたけどさ、紗耶香は?」
聡美は思い出したように言った。
「え?紗耶香・・来てないのぉ?」
由美がキョトンとして聡美に聞く。
「来てないも何も、アンタたち三人とも同じ日から学校来なくなっちゃった
じゃない。アタシてっきりアンタたちの間で何かあったって思ってたよ。」
聡美も驚いたように言う。
由美と聡美は香奈の方へ顔を向けると殆ど同時に声を出した。
「香奈、知らない?」
香奈の胸に鈍い痛みが走った。
・・・知っている。
何故紗耶香が学校に来ないのか知っている。
それは、自分のせいだとも言える。
しかし、由美と聡美には言えない。
言えるわけがない。
「あの・・あたしも・・知らなかったんだ。聡美にメール貰ってから知った
くらいだから。」
香奈は胸の痛みを感じながら嘘をついた。
「電話してみよっか。」
由美はそう言って、ポケットから携帯を取り出すと紗耶香に掛け始めた。
香奈の胸は鼓動を速めていく。
今は紗耶香の事を聞きたくない。
いずれは紗耶香とちゃんと話し合わなければいけない。
そうしなければ紗耶香との関係は終わってしまう。
そう思っていても、今はまだあの時のショックが残っていて、紗耶香の事を
考えるほど心の余裕はない。
-短い沈黙。
由美は携帯を耳に当て、紗耶香が出るのを待っている。
聡美は黙って由美を見つめている。
「でないよぉ・・紗耶香。コールはするんだけどねぇ。」
由美はそう言って電話を切ると画面を眺めながら言った。
「あたし何回かメール入れたんだけど、返さないんだよ。」
聡美も心配そうに言う。
「お~い!始めるってよ!!」
部室の外から他の部員の声が聞こえた。
「ヤバッ!!まだ着替えてなかった!!」
三人は慌てて着替え始めた。
着替えながら香奈が考えていたことは、先程のやりとりでは無く、紗耶香の
事でも無く、孝史の事でも無く、今日中村に会えるかどうかという事だっ
た。
香奈は、無意識のうちに紗耶香や孝史の事を記憶の隅に追いやっていた。
それは、香奈の心が壊れないようにするための本能による自衛手段なのかも
知れない。
中村に会えるかも知れない、会いたいという期待で胸を一杯にしながら、香
奈は体育館に向かっていった。
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