【11】
「好きだよ、香奈。」
「え?」
紗耶香が呟いた言葉がぼんやりとしか聞き取れなかった。
「今・・なんて・・?」
香奈は紗耶香に問いかけた。
紗耶香は、ハッとして香奈の方を見た。顔がみるみる真っ赤になっていく。
「・・え!?・・あ・・ほら・・ベッド無いじゃん?どこで寝てるのかなぁ
って!?」
香奈は、慌てたように早口で喋る紗耶香を不思議に思ったが、多分自分の聞
き間違いだと思い紗耶香の問いに答えた。
「あぁ。ロフトがあるの。ここ。」
そう言って天井から伸びた紐を引っ張り、階段を下ろした。
「へぇ~!カッコいい~!ね?見てもいい?」
紗耶香は、興味深々で香奈の返事も待たずに階段を上り始めた。
香奈は紗耶香の後を追って階段を登る。
上を向くとスカートから覗く白く細い足が見えた。痣も黒子も無く、きめ細
かい白い肌、適度な筋肉がついた脹ら脛の上に柔らかそうな太腿、小さなお
尻にピッタリと張り付いたレースのついた白い下着。
同性から見ても、まるで絵に描いたような綺麗な下半身だった。
勿論、部活の着替えの時などで紗耶香の体を見た事はあるけども、あらため
て見ても羨ましくなるような足だった。
「すごーい。あたしロフトって初めて見た~。」
先に上がった紗耶香は部屋の中を見渡していた。
「おお~。天井に窓がついてる~。いいなぁ~。」
無邪気にはしゃぐ紗耶香を見て、香奈は嬉しくなった。
「あ!あたし何か飲み物持ってくるね。」
香奈は、紗耶香にここで待ってるように促すと慌てて階段を降り、部屋から
出ていった。
香奈がいない間、紗耶香はロフトを見回した。
部屋の真ん中に背の低いベッド、隅には本棚が置いてあり、その上にはMP3プ
レーヤーとオーディオシステムがある。
紗耶香は本棚の前にしゃがみ込んで綺麗に並べてある本を見た。
上の段には紗耶香が絶対読まないような文庫本がズラリと並び、下の段には
紗耶香もよく読んでいる漫画本が置いてあった。
紗耶香は自分の部屋を思い浮かべた。
3DKアパートの一室。
四畳半の部屋には、様々な家具やモノや衣服が散乱し、タンスの上には化粧
品やCDが無作為に置かれている。
「・・片付けなきゃなぁ・・。」
そう呟くと紗耶香は香奈のベッドに仰向けに寝転がり大の字になった。
それからうつ伏せになり、枕に頬をあて、シーツの端を掴んで目を瞑った。
「・・香奈の匂いがする・・。」
ガチャッ。
ドアの開く音がした。
紗耶香は跳び起きるとベッドの端に座り、捲れたスカートを直した。
「ごめんね。コーヒーしか無かったよ。」
そう言いながら香奈は、片手でコーヒーカップを載せたトレイを持って階段
を上がってきた。
「あ。いいよいいよ。」紗耶香は髪を後ろで束ねながら答えた。
香奈は部屋の隅から折り畳んだ小さなテーブルをベッドの側に用意すると、
その上にカップを載せてコーヒーを注ぎ紗耶香の前に置いた。
「で、相談って何?」
シロップとクリームをコーヒーカップの横に並べながら紗耶香に聞いた。
髪を括り終えた紗耶香は、コーヒーカップに口をつけながら話し出した。
「うん。実はね・・ほら、香奈のクラスに中村っているじゃん。中村光
輝。」
香奈は中村という男子を思い浮かべた。短髪の今風の髪型で背が高く結構カ
ッコいい。クラスの中でも目立つ存在で、女子からのウケもいい。香奈はあ
まり話した事は無いが感じのいい男子。
「中村くん?サッカー部の結構カッコいい人でしょ?」
香奈もコーヒーを啜りながら答えた。
「そ!中村君!実はね、この前さ・・告白されたんだ・・。」
「ええぇっ!!ホント!?」
香奈はそう答えたが、内心あまり驚かなかった。
紗耶香は、誰が見たって美人だ。本人がどう思ってるか知らないが、かなり
モテる。恋愛話に疎遠な香奈の耳にだって紗耶香を好きな男子がたくさんい
るという話は入ってくる。
紗耶香は香奈の目をチラリと見ると続けて話し出した。
「でね。その時さ、返事に困っちゃって、ちょっと考えさせてって言っちゃ
ったんだなぁ。」
「どうすんの?紗耶香?」
「それを相談したいんだよぉ。」
「あ・・そっか・・ゴメン。」
香奈は、恋愛経験も少なく男子とのコミュニケーションすらウマくとれない
自分が相談役として助言出来るのだろうかと不安に思った。
が、やはり年頃の女の子らしく、恋愛の話には好奇心が断然湧いてくる。
「でさ。紗耶香はどうなの?その・・中村君の事・・好きなの?」
「ん~。ていうか、好きもなにも話したことも無いし、突然だったかんね
ぇ。カッコいいなぁとは思ったけど・・。」
そう言えば、紗耶香とこんな話をするのは初めてだ。
香奈は思い切って聞いてみた。
「紗耶香は好きな人いるの?」
コーヒーを啜る紗耶香の動きが一瞬止まったように見えた。
紗耶香はコーヒーカップをテーブルに置くと、手を膝の上に下ろし、指を絡
ませながら下を向いてゆっくりと答えた。
「・・・うん・・・いるよ。」
紗耶香の頬と耳が真っ赤になっている。
普段の活発で男勝りで、一見今時の女子高生らしく派手に見える紗耶香と、
今ここで顔を真っ赤にしてうつむく紗耶香とのギャップがとても新鮮で、紗
耶香の心に一歩近づけた気がして、嬉しさがこみ上げてきた。
「でもね。多分・・ていうか絶対ムリなんだなぁ・・・。ね?香奈だったら
どうする?」
「どうするって・・その・・好きな人を諦めて、中村君とつき合うか・・好
きな人を追いかけるかってこと?」
「うん。」
香奈は考えた。
紗耶香の好きな人が誰なのか、なぜムリなのかは知らないけども、好きな人
がいるのに違う人と付き合って上手くいくとは香奈にしてみれば考えられな
かった。
「あたしだったら・・・あたしだったら、好きな人がいるなら他の人とは付
き合えないなぁ。」
香奈は下を向いて答えると紗耶香の方へ顔を向けた。
紗耶香はうつむいたまま黙って香奈の言葉を聞いていた。
そしておもむろに顔を上げると真正面を見据えて口を開いた。
「・・そうだよね。アタシもそう思ってたんだ。このまま中村君と付き合っ
たって絶対忘れられないもん。」
そう言った紗耶香の目は涙を浮かべているように見えた。
紗耶香の純粋な恋心を知った香奈は、今すぐにでも紗耶香を抱き締めたい衝
動に駆られたが、無責任に楽観的な励ましの言葉をかけるわけにもいかず、
どうしてよいのか解らないまま無言で紗耶香を見つめていた。
※元投稿はこちら >>