それから流石に居づらくなった俺は家を出て、当てもなく車を走らせていた。
彼女は、買い物から帰った娘と、娘の部屋でお昼をとることになった。
「あの娘は…なんであんな事を…」俺の頭の中は、いろんなことが巡りまわってパニックになっていた。
川沿いの公園に車を停め、しばらくそこで放心状態になっていた。
家に戻って、どんな顔して、どんな態度をとればいいのか、全くわからず途方に暮れていた。
日が暮れてきた。俺のスマホの通知音が鳴った。娘からのラインだった。
「どこいったの!杏奈がさ、弾きやすいからお父さんのギター借りたいって!ってか、もう貸しちゃったけどねwww」
俺のギターを貸した…?
ということは、また会う事になるかもしれないということだろう。
俺は困惑しながらも、密かになにかを期待していた。
それから数日経った。
その日は平日の休みだった。
俺は昼食をとった後、テレビを観ながらうたた寝をしていた。
俺はチャイムの音で目が覚めた。
インターホンのモニターを見ると、玄関には制服姿の彼女が立っていた。
「なんで…」と思わず呟いた俺は、そのまま玄関に向かい、ドアを開けた。
「ど、どうしたの…?学校は?」
「学校?もう終わりましたよ?あの…ギターの調子悪くて…って、愛茉から何も聞いてないですか?」
俺はスマホを見た。時計は15時半を過ぎていた。それとラインの通知が着いていて、開くと娘から
「杏奈がさ、ギター調子悪い、って。オヤジ休みだ、って教えたからね、もしかしたら家行くかもしれないからよろしくね。あ、変な事すんなよ!」とあった。
「あ〜、ごめん、つい居眠りちゃって…」「そうなんですか?フフッ」
そうやり取りすると、俺は言葉に詰まってしまい、咄嗟に「入る?」と言ってしまった
リビングに通し、ギターを手に取った。見たところはなんともない。チューニングも狂ってはいないようだった。
ギターをアンプに通してみるが、音も何も異常ないようだった。
「杏奈ちゃん、どこがおかしかったの?」
と俺は聞いたが、彼女は曖昧な答えしかしなかった。
俺はもう一度、ギターを確認してみた。
すると、背中に衝撃が走った。
彼女が俺の背中に抱きついてきたのだった。
その瞬間、俺は思った。
「ギターが調子悪い、というのは口実だ…この娘、何考えて…」そう思って、思わず振りほどこうとした。
だが、身体がまるで金縛りに遭ったように動かない。
俺はそのまま、「…あ、杏奈ちゃん…、何して…」そこまでいうと彼女は、「ごめんなさい…」と俺から離れた。
そして、いそいそと荷物をまとめ、「大丈夫みたいなんで…帰りますね、お邪魔しました…」と逃げるように玄関に向かった。
その姿を見て、俺は思わず、「待って!」と追いかけ、彼女の手を掴んで俺のほうを向かせた。
彼女は少し驚いたような顔をしながらも、身体をこちらに寄せてきているように見えた。それはまるで、抱きしめられるのを待っているように。
咄嗟にそんな事をしてしまったが、後が続かずそのまま立ち尽くしていると、彼女はニコッと笑い、「また来ますね、お父さん…」と残して出ていった。
次の日、職場のデスクに向かい、俺は悶々と昨日までの事を思い出していた。
抱きしめられるように俺の前に座ったり、後ろから抱きついて来たり。
「あの娘は何がしたいんだ…?何を考えてるんだ…」
「仮にも愛茉の、友達の父親だ…それに対してどういうつもりなんだ…」
そんな事を考えて上の空になっていたのに気づいたのか、後輩が声をかけてきた。
「あれ?元気ないですね〜、なんか悩んでます?若い女の子とか?」
彼はちょっと場を和ませるつもりでそう言ったのだろう。だが、その時の俺は、そんな余裕もなく
「どういう意味だ?」と怒ったような口調で言い返した。その様子を後輩も察したのか、表情を変え、「す、すみません…娘さんの事とか何かあったのかな、と思って…今、高校生って聞いてたから、思春期でいろいろと…余計な詮索しちゃいましたね…ホント、すみません…」と謝って、そそくさといなくなってしまった。
悪いことしたな…そう思いながら、後輩を追いかけ、謝罪した。
そして、「もうあの娘には関わらない。もし来ても、何かしら理由をつけて避けよう…」と心に決めた。
そして数日後の週末、出勤日だった俺は、仕事が終わってから、他の同僚と駅前の繁華街で食事をとった。
それから同僚達は飲みに行く、ということで別れ、駐車場まで歩いていた。
時刻はもう21時を過ぎている。さすがに週末の繁華街は老若男女で賑わっている。そんな光景を見ながら途中のコンビニにタバコを買いに寄ろうとした。
すると、コンビニの前に彼女の姿を見つけた。こんな時間にこんなところで…そう思った俺は、これ以上深入りするような事を避けるため、まっすぐ駐車場へ行こうと向きを変えた。
だが、なんとなく様子がおかしい。
よく見ると、3人の若い男達に囲まれているようだ。どうやらナンパされているようだ
少し離れたところから様子を見ていると、困惑した表情の彼女が見えた。
「声をかけようか…でも相手は3人、絡まれたりでもしたら…でもこのままほっとくわけには…」俺は悩んだ挙句、コンビニに向かった。
不安に駆られながら近づくと、彼女と目が合い、「あ、お父さん!」と大声で声をかけ、手を振ってきた。
すると男達は、本当の親が来た、と思ったらしく、恨めしそうな顔をして何処かへ行ってしまった。
「大丈夫だった?」と声をかけると、
「はい、ありがとうございます!」と安堵したような表情を見せた。
その表情を見て俺は気が緩んだのか、再度話しかけた。
「こんな時間に何してんの?」
「バイトですよ。週3回くらい、あそこのお店で」彼女は駅前のファーストフードの店でバイトの帰りだったようだ。
「そうなんだ、お疲れ様。また絡ませないうちに早く帰りなさい。それじゃ」と言い残して、俺は店に入った。
しばらく店内を廻ってタバコを買い、店の外に出ると、まだ彼女はそこにいた。
「まだいたの?早く帰らないとお母さん心配するよ。」と促すと彼女はこう言った。
「あの…まだあの人達、その辺にいるかも知れないんで…一緒に帰ってもらえませんか…?」
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