最初に出会ってから何週間か経った後のことだ。僕は綾香さんに「この近くの小学校の出身なの?」と聞かれた。
「はい。」
「それじゃ、佐藤宏美先生って、知ってる?」
「まあ名前は知ってますけど…。まあ音楽発表会の時はよくお世話になりましたし、僕らの学年の修学旅行にも同行してました」
「宏美さんと、昔駅で喧嘩したことがあるんだ」
「マジですか?」僕は驚きの声を隠せなかった。
「高校の頃、駅で騒いでたら大学生だった宏美さんと喧嘩になって…」
「それ、綾香さんが悪いじゃないですか…(笑)」
「うん、私が悪い。」
「で、どっちが勝ったんですか?」
「私のパンチはかわされて、腹パンでノックダウン。」
「うわ…それは…でも、そっからどうなったんです?」
「その少し後に、宏美さんとあの駅で再会して。最初はお互い気まずかったけど、いつのまにか仲良くなってて…」恥ずかしそうに語る綾香さん、可愛いし恋愛感情を抱いちゃう。
この会話の少し後に夏休みが始まって、しばらく会わなくなった。
夏休みが終わって1週間経つか経たないかの頃、僕は同級生の女子に告白された。僕は自分のことをクラスの中ではイケメンの部類に入ると思っていたが、僕みたいな陰気な男を好きになってくれる女がいたのかと驚いたよ。
だけど、学校には携帯を持ってこれないから連絡先が分からないし、その子の独特な雰囲気が苦手だったから「ごめん…」って振ってしまった。
「本当にあれでよかったかな…」いつもの公園でそう思う。隣には、少し離れて座る見慣れた女性―綾香さん。今日もポニーテールがかっこいいし、グレーのパンツスーツ上下が似合ってる。
僕と綾香さんの間には、いつもと変わらない穏やかな空気が流れている。僕が話すのは宿題の話や学校の友達の話、最近あった面白いニュースなどで、綾香さんは学生時代の思い出話や、キックボクシングの話をよく話している。他愛ない会話を交わすこの時間が、僕にとっては何よりも大切なものだ。
「あのさ、綾香さん」
「ん? どうしたの?」綾香さんは優しい眼差しで僕を見つめた。
「俺、昨日、クラスメイトの女子に告白されたんです」
僕の言葉に、綾香さんは少し驚いたようにして、目を丸くした。
「へえ、そうなんだ。それはすごいじゃない」
「でも……」
「でも?」綾香さんが優しく促す。
「なんていうか、嬉しかったんだけど、どうしたらいいかわからなくて」
「相手は、どんな子なの?」
「えっと……池畑さんっていう人で…。可愛いのと美人なのが共存している子です。クラスでも人気があるし」
「そっか。告白されて、どう思ったの?」
僕は少し考えてから、正直な気持ちを言葉にした。
「……ビックリしたし、ちょっと嬉しかった。でも、俺には……その、他に好きな人がいるから」
綾香さんは何も言わず、僕の言葉に耳を傾けている。その横顔は、夕焼けに照らされて美しかったが、どこか寂しげにも見えた。
「そっか。他に好きな人がいるんだ」
綾香さんはそう呟くと、遠くの空を見上げた。
「あのね、翔太」
しばらくの沈黙の後、美咲はゆっくりと口を開いた。
「誰かを好きになるって、すごく素敵なことだと思う。相手のことを考えたり、少しでも近づきたいと思ったりする気持ちは、何よりも大切にしなきゃいけない
告白してくれたその女の子の気持ちも大切にしてあげてほしい。今は、自分の気持ちに正直に向き合って、ちゃんと伝えることが、誠実さだと思うよ」
綾香さんの言葉は、いつも僕の心に深く染み込んでくる。優しくて、温かくて、そしてどこか切ない。池畑さんの告白を断った自分が、少し恥ずかしくなった。
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