翌朝目を覚ますと、あゆみが先に起きて、朝食の支度をしていた。と言っても、支給された、加熱しなくても食べられる食品を、テーブルに並べるだけだが。
僕がテーブルの前に座り、おはようも言えずに俯いていると、あゆみが
「夕べ、私、気付いてました。眠りが、すごく浅くて…」
僕は弾かれたように床に手をつき
「ごめん!君を守るって言っておきながら…すまない!」と土下座した。
するとあゆみは、僕の右手首をつかみ、なんとそれを、自分の左胸に持って行った。
「…いいですよ、胸を触るくらい…こんなにお世話になって、守ってもらってるんだから…」
だがそう言うあゆみの声は、恥ずかしさで今にも泣き出しそうだった。
「す、すぐに!すぐに出ていくから!ホントにごめん!」
そう言いながら僕が立ちあがろうとすると
「行かないで!」
と叫び、ズボンの裾を摑んだ。
「…あそこで、止めてくれて…もっと先までされても、眠ったふりを続けるしかなかったのに…やっぱりあなたは優しい人。私の気持ちを大事にしてくれて…」
僕はもう一度土下座して、
「もう、二度としないよ!あゆみちゃんのお父さんたちが退院するまで、絶対君を守る!信じてくれる?」
「信じます!だから、もう少し、一緒にいてください」
そう言ってあゆみは、両手を広げて抱き着いてきた。
この、急展開すぎる、恋愛のような関係は、いわゆる『吊り橋効果』。生命の危機のような場面になると、子孫を残す本能から、近くにいる異性に恋愛感情を持つようになるらしい。それは分かっていた。
それでも僕は、この少女を愛しく思い、守ってあげたい気持ちがいや増していくのを、どうにも止められなかった。
その日以来僕は、あゆみにしてしまったことの埋め合わせをするかのように、ボランティアに精を出した。もちろんそれ以降、あゆみに触ろうとはしなかった。
そして、震災から8日目。やっとあゆみの両親が退院して、避難所を尋ねてきた。
両親を見つけるとあゆみは
「お父さん!お母さん!」
と叫んで駆け寄った。感動の再会の場面。僕は少し離れた所から見守った。
するとあゆみが、僕を振り返り
「あ、この人、大学生で…私がひとりだったから、ずっと一緒にいてくれて…」
すると父親が僕の手を取り
「そうか、君が…こんな時に、君のような青年に出会えて、あゆみは運がいい!ありがとう…ありがとう!」
と何度も頭を下げた。
僕は照れて頭をかきながら、『あゆみに一度も手を出してなかったら、この感謝のことばを素直に受けられたんだろうな』と、改めて自分のしたことを後悔した。
その後、あゆみの両親は避難所で、ファミリー向けのやや広いスペースを割り当てられたので、あゆみもそこへ移った。僕もこのタイミングで、実家へ戻ることにした。
あゆみとのことは、この状況下限定なのかも知れない。復興が進み、日常が戻れば、元の赤の他人に戻るのかも。
そう思っても、やはり僕は、痕跡を残さずにはいられなかった。
僕は彼女に、実家の住所とスマホの番号を書いて渡した。あゆみはまだスマホを持っていなかったので、代わりに母親のスマホ番号と、いずれ戻る予定の自宅の住所を教えてくれた。
僕の実家は元農家で、家の近くでアパートを経営していたので、僕は大学近くのアパートから引き上げた荷物をその1室に入れた。住んでいたアパートは見た目よりも内部の被害がひどく、取り壊されることになったようだ。
そこに落ち着いて数日経っても、あゆみから電話が来ることはなかった。
『こんなものなのか?いや、男女交際に慣れた子ならともかく、あゆみにとっては…』
僕はあゆみとの間に、身の上話的な長い会話以外で、どんな接触があったか思い返してみた。ハグが2回、Tシャツの上から胸を触ったのが1回、触らせてもらったのが1回。キスはしていない。何度思い起こしてもそれだけだが、あゆみの身の上話を信じるなら、彼女はまだ身体の接触を伴うような男女交際は経験していない。男子と手をつないだこともないと言っていた。それなら、僕とのことは彼女にとっても大事件だったはず…
『もしかして、何か大変なことになってるのか?』
何と言っても彼女が今いるのは、災害の避難所なのだ。『今週中に電話がなかったら、避難所まで会いに行こう!』そう決心した矢先のある日の午後、チャイムが鳴るので出てみると、なんとそこに、あゆみが立っていた。
しかもあゆみは、真っ白の半袖ブラウスの制服姿で、僕は目が眩む思いだった。
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