俺は沙弥の部屋で、畳に手をついて謝った。
ところが沙弥は、そんな俺に向かい合って正座し、同じく手をついて
「一日も早くこの家に馴染めるように頑張ります。今日から宜しくお願いします」と他人行儀に頭を下げた。
この丁寧すぎる挨拶は、俺の謝罪に対する拒絶。俺の身勝手な行動のせいでこんなことになり、いくら謝っても、もう元の生活には戻れない。沙弥の深い悲しみと絶望に、俺はいたたまれなくなり、自分の部屋に逃げ帰った。
それから、俺たちはひとつ屋根の下で暮らし始めたが、夜、家族が寝静まっても、俺は怖くて沙弥の部屋には行けなかった。
ところが、そんな生活が始まって1週間が過ぎた頃、なんと沙弥が深夜に俺の部屋に来た。
驚いて立ち上がり、近づくと、沙弥は逃げるように自分の部屋に戻って行く。それを追って沙弥の部屋に入ると、彼女は自分から布団の上に横になり、目を瞑った。
沙弥が俺の事を怒っているのは間違いないが、それとこれとは別、ということらしかった。
こうして俺と沙弥の性生活が再開された。
俺たちは同じ家に住み、一緒に食事し、農作業を手伝い、学校にも一緒に行った。そして、夜になるとほとんど毎晩交わった。傍から見れば、仲のいい婚約者同士に見えただろう。しかし、セックスの時に互いに快楽を求め合う以外、ほとんど会話もなく、彼女が笑顔を見せることもなかった。
そしてそのまま数年が経ち、入籍できる年齢になったので、俺たちは夫婦になった。
それまでは一応、排卵日を避けてやっていたが、入籍後は逆にその日を狙ってやったので、沙弥は間もなく妊娠し、長男を出産した。
赤ん坊の母親になると沙弥は、子供に対しては慈愛に満ちた微笑みを浮べるが、俺に対してはせいぜい愛想笑い程度だった。
ある晩俺は業を煮やして、沙弥に詰め寄った。
「なあ、まだ俺の事、許せないか?」
沙弥はハッとしたあと、俯いてゆっくり首を横に振った。
「そんなら、なんで笑わない?」
すると沙弥は、フルフルと震えながら泣き出した。
「私が許せないのは、自分のこの身体です。あの時私には、真剣に好きな人がいて、あなたに抱かれるのは嫌だった。なのに、何度もしている内に、あなたが来るのを心待ちにするようになってしまって…なんてだらしない!」
声を震わせてそう話す沙弥に、俺はかける言葉が見つからなかった。
「あなたはこの子の父親だから、これから先もずっと一緒に…でも、こんな身体で生きていかなければならない私は、心からの笑顔なんて、とてもできそうにありません…」
俺はまたも、自分の部屋に逃げ帰るしかなかった。
俺は思い知った。
納屋で見つけたマンガの女たちは、レイプでもセックスの快感に我を忘れ、一度ヤラれた後は、自分から男を求めるようになっていた。
沙弥を夜這いで犯した後の成り行きも、それと同じかもしれないが、沙弥はそうなってしまった自分の身体を呪い、幸福な笑顔を忘れてしまった。
実際の女は、エロマンガに出てくる女たちほど単純ではないのだ。
俺は沙弥の人生を奈落に落としてしまったのだろうか?
それから俺は、沙弥を抱くのに躊躇いを感じるようになった。
どれだけ丁寧に愛撫して沙弥を感じさせても、彼女は終わったあと、そんな反応をする自分を責め、落ち込んでしまうのだろう。
しかし当時の農村は、産めよ増やせよの時代。夫婦になった以上、子供一人つくっておしまいだなんて、許される雰囲気ではなかった。
俺たちは周囲の目にせき立てられるように子づくりに励み、更に3人の子をもうけた。しかし4人目の子を出産した後、沙弥は力尽きたように、あっさり亡くなってしまった。
結局俺は、沙弥という女を幸せにすることはできなかった。では、沙弥と共に過ごした時間、俺は彼女を苦しめただけだったのだろうか?
彼女が普段何を思い、どんな望みを持って日々を過ごしていたか、それは今となっては分からない。
しかし少なくとも、俺と数え切れないほど交わり、快楽を求め合っていた時間だけは、彼女は幸せだった。そう信じたい。
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